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CIは総務の仕事?

先の文藝春秋2月号で信越化学工業の金川社長が「世界に通用する企業」の経営哲学を語られた中で「CIは総務の仕事」の発言が印象に残っています。以下にその部分を引用させてもらいます。

「本業以外に手を出すな」というのは、前々社長の小田切新太郎さん(故人)の教え
本社は築30年のビルに間借りしていますが、自社ビルを新築するなど考えたこともありません。...ホテル計画より少し前、私が副社長時代に、流行のCIに40億円ばかり使ったことがありました。これにも私は、役員の中で一人だけ強硬に反対しました。
社名のロゴを作ったり、看板や名刺を変えたりするのは、いわば庶務的な仕事で、誰にでも出来ることです。そんなことに時間とエネルギーとお金を割くべきではない、というのが私の考えです。」


金川社長が社長に就任したのはバブル崩壊とほぼ同時の90年8月、急逝した小坂雄太郎氏の後任として登板され、以後、売上高7,751億円7期連続で最高益、株式時価総額は約1兆7千億円と、信越化学はデュポン、ダウ・ケミカルに続いて世界4から5位の水準にあり、強力なリーダーシップをもつ優れた経営者の言葉です。しかしながら、金川社長でこその「集中と選択」の一端であって他の企業が安易に倣うのは、問題があろうかと思います。

この記事を読みながら黒澤明の映画"七人の侍"のあるシーンを思い出しました。志村喬の島田勘兵衛によりリクルートされたメンバーが、農民の為に野党討伐プロジェクトのチーム結成となった時、千秋実の腕は立つが争いが好きではないという武士・林田平八が「これから、こうしたモノが必要だろう。」と作った一本の「のぼり」を皆に見せます。それは白布に墨で丸が六つと三角が一つ描かれたものですが、絵柄の最後の三角は何だと聞いた三船敏郎の菊千代が他のメンバーから「それはお前だ」と云われ、武士ではないからかと拗ね、皆が哄笑するユーモラスな場面です。こうした素朴ではありますが、心(理念)を一つに事に当たろうという意思(ビジョン)を共有する事が、本来のアイデンティティの表現といっていいのではないでしょうか。ならばどうして「総務の仕事」と呼ばれるのか、ここに大きな課題があります。

実際に多くの企業で、かつてトップが率先して熱心に立ち上げたはずのCIも担当委員会が解散し、いつの間にかマニュアルの管理が総務の扱いになっている例を見かけます。
従来のCI計画が、ロゴやマークなどの視覚表現、いわばビジュアル・アイデンティティ(VI)に偏っていたこと、企業理念に立ち戻って真の自身がどうであるか(アイデンティティ)を見直す姿勢が薄かったこと、今日「コーポレート・ブランド」という観点が経営において重要視されてきていることとの違いといえます。それは社員だけでなくステークホルダーに対してどういった価値を提供できるかを意識化するという観点に欠けていることに起因していると思われます。

また社内的にも、創業以来、その時々に打ち出されたメッセージが累積しているだけで、企業理念、経営ビジョンが構造化、体系整備がされておらず、具体的な事業戦略との連携が見えないために社員が共有し難い、形骸化しているといった企業も多いでしょう。

こうしたことから、コーポレート・ブランドの意味を説明する代わりに、これまで要請のあった企業の状況をまとめて見ることで、コーポレート・ブランドが経営課題に直結した戦略であることが理解されるかと思います。


コーポレート・ブランドによる対策が必要な9つの状況
1.新会社の設立、吸収・合併による場合も含む
当然の状況ですが、調整に力を奪われる結果、しばしば関連企業名のイニシャルを組み合わせるといった安易なネーミングにより、以後の知名度を上げるために膨大なコストがかかり且つメッセージが伝わらないことがあります。

2.事業ドメインの多角化・変化
成功したブランドは、必ずしも拡張や転移が容易とは限りません。従来のイメージを新しい状況に見合うものにするか、現在の企業方針や活動を反映する新しいイメージを作り出す必要があります。

3.商品やサービスの内容と価格の差別化がし難い
特に、航空会社、石油会社、銀行、保険会社などが熱心であるのはこの理由によります。

4.商品は世界的に有名だが、企業の認知度が低い
商品の背後にある企業の顔を明確にすることは極めて重要であり、企業の社会的責任を含めた評価を生活者は重要視するようになってきました。

5.海外市場への進出、グローバル事業展開
主として国内市場で実績を上げてきた企業の場合でも、文化・価値観が異なる市場では信頼を確立する為には、先ず明確なポリシーを伝える必要があります。
国内市場に留まる場合も、保護的政策の転換で海外からの進出企業が増えると市場における存在を新たな競合にたいしてより明確にする必要があります。

6.企業イメージが分裂している
企業の扱う商品、サービスが多様であるために、イメージが曖昧であったり、統一性に欠ける場合を指します。明確で一貫したイメージを打ち出す必要がありますが、通常、ビジュアルよりも言葉によるメッセージの統一が優先されます。

7.企業の組織改革
企業トップが変わり、新しい経営理念と戦略で事業展開を一新する計画がある場合ですが、2000年の商法改正で、会社分割制度が創設され、分社化を進める企業が増えました。企業は親会社単独でなく、子会社・関連会社を含めたグループ単位で経営され、外部から評価されるように変わり、グループ経営としてのブランド管理も重要です。

8.子会社の知名度は高いが、持株会社の知名度が低い場合または、その逆
持株会社の知名度を高めることが企業の戦略上重要である場合、強力なグループ・ブランドを打ち出す必要があります。
また持株会社のイメージが強すぎて、子会社が独自のイメージを打ち出し難いため、市場での目的が達成できない場合もあります。

9.企業全体の求心的な統合力に欠ける場合
多数の事業部、社内カンパニーが固有イメージを強調しつつ、企業全体としてのイメージの統一が必要な場合。企業とその構成要素が、相互関係で結ばれていることを強調する一方で、各構成要素の個性も主張していかなければならない場合を指します。


現在の厳しい経営環境の下、以上の項目の2つ以上の課題を複合的に抱えている場合が多く、強いリーダーシップに加えて理念とビジョンを皆が共有し、明確な旗印とともに高い価値の提供を約束することが市場の共感を得て、解決の道につながると考えます。

TCDブランディングカンパニー クリエイティブ・ディレクター 高橋正広