モノと情報の合体とその伝播方法について 社会学をベースにあれこれ勝手に考えてみる雑談コラム ――毎回3個は会議のネタ提供を目指して
1・情報化社会の到来と人間の行動――人々の行動基準の考え方
社会学的なブランディング論のアプローチを考えるに当たって、社会学の流れを少し押さえておきたいと思います。
社会学はマルクス経済学の対抗馬として作り上げられた学問だ、という人がいます。経済を通して歴史を考えると、最後は社会主義に行きつくとしたマルクス経済学。この「科学」に対して、経済だけで世の中の説明がすべてつくのか、もっと幅広い視点から人間行動、社会を見つめる必要があるのではないか、ということで発達したのが社会学だからです。
19世紀後半、生まれたての社会学から、2人の偉大な学者が生まれます。E.デュルケームとM.ウェーバー。彼らは人間の行動を規定するのは経済原理に基づく『金欲』よりも、宗教に基づく『禁欲』であることを、データを添えて証明してみせました。さらにウェーバーは人間の行為を『慣習型行為』『目的合理型行為』『価値合理型行為』の3つに分類。社会的な生き物である人間が、どういう基準で自分の行動を決めているのかが社会学が探求する領域であることを明らかにしました。
この後、時代の変遷とともに人間の行為を決定する要因が変化していきます。特に大きかったのが、マスメディアの発達と教育システムの変化、大量生産・大量消費の時代の到来による、大衆社会の誕生です。
かつての市民(公衆)が自分の行為を宗教的規範や知性、理性を軸に自己決定していたのに対し、大衆の行動規範は雷同的なものとなりがちです。アイデンティティ(自我同一性)の確立が19世紀のヨーロッパ市民社会では何より大切だったのが、大衆社会ではまず他人がどう行動し、それに対して同調することで社会とうまくやって行こうという傾向が強くなります。この大衆の傾向を上手に把握し、最も政治的に活用したのがナチス・ドイツであると言われます。宣伝担当大臣を置き、ベルリンオリンピックなどのイベントで大衆の気運を一気にあおったナチスが作り上げた国家は、大衆社会のパワーと恐ろしさを見せつけた20世紀の壮大な実験だったのかも知れません。
このナチス・ドイツを社会学者たちは徹底的に分析し、大衆の行動理論を作り上げます。アメリカのT.パーソンズのAGIL図式などはその代表例です。人々がいかにして価値という概念を自分の中に作り、それを行為基準として社会に参加、その行為が社会システムを作り上げていくというパーソンズの社会システム論は大きな影響を与えました。今も広告代理店がよく用いるアイドマの法則などは、パーソンズの社会システム論、行為論を前提としたものと言えるでしょう。
1960年代に入ると、コンピュータと通信が飛躍的に発達するとともに、大衆社会の問題点が様々な形で露呈してきます。米ソ冷戦の合間に、大衆社会が切り捨てがちだった社会的弱者の問題――人種、性、貧者、子ども、環境――といった問題が広がり、ある社会の構成員が1つの価値観だけでまとまった社会システムを作り上げることは大変困難となっていきます。
メディアの発達は人々の価値観を作る『情報』を消費しきれないほど大量に発生させ、通信の発達は情報のタイムラグを削っていきます。対立する情報が次々と入ってくる。また、モノの生産も同一品種大量生産から、微妙に差別化された多品種の生産に移り変わりました。T型フォードやフォルクスワーゲンだけの時代から、何百種という車がカタログに乗る時代に。
そして人々は、単なる大衆の一員という存在から、自分はどういう傾向の人間であるかを示す存在に・・自分自信を情報化することで社会にコミットし、生きていくというものへと変化していきます。
単一の情報で社会が構成される独裁国家の場合、その体制内の階級はあっても基本的に人々の内面(価値観)は一様です。しかし、情報摂取が自由な社会では、価値観は近いけれども微妙に異なり、その微妙な差異を外部に示す必要が生じます。カローラとヴィッツのどちらを選ぶか。自分が選んだモノによって自分を示す。自分が選んだモノによって、近未来の自分の生き方を規定する。回りが「あの人はああいう好みのああいう人だ」と見てくれることで次の行為の基準が作られるという厄介なものになりました。いつのまにか、モノが人となりを示す情報となったわけです。これにいちはやく注目したのが、ボードリヤールというフランスの社会学者でした。次回は彼が40年近く前に打ちたてた「仮設」の検証から、モノの情報化について考えていこうと思います。
TCDブランディングカンパニー 嘱託ディレクター 新村 佳史