アズーリの価値
約一ヶ月間にわたったサッカーのワールドカップもイタリアの優勝という形で幕を閉じました。地元ドイツの快進撃やブラジル・アルゼンチンの南米勢の敗退、そして中田英寿選手の突然の現役引退発表、決勝戦でのジダンの退場劇 など今大会も様々な話題を提供してくれました。
この大会期間中の報道や盛り上がりを見ていると、日本人にとってワールドカップというイベントは、98年フランス大会の初出場以降、一部のサッカーファンだけではなく、オリンピックに並ぶ、国民的なスポーツイベントとしてすっかり定着したと感じます。
当然ながらこれだけ大きなスポーツイベントですから、商業価値や、世界中のマーケットに与える影響も相当なものです。大会毎につり上がる放映権料や、ピッチに看板を掲出するスポンサーなど過度な商業化に関しては、批判もありますが、現実としてその水面化では巨額のお金が動いているのも事実です。
さて、ワールドカップを巨大なマーケットとして見ると、代表同士の争いの影で、代表にユニフォームを提供するメーカー同士の戦いにも熾烈なものがあります。
特に一流国ともなればワールドカップ期間の最後まで勝ち残る可能性が高いため、単純に消費者の目に触れる時間が長い上に、スター選手の多さからチーム自体の注目度も高いため、その宣伝効果は抜群です。これによりサッカー界におけるそのメーカーのブランド価値を上げると同時に、相乗効果でユニフォームそのものの売り上げも見込めます。ちなみに、日本代表チームが2007年~2015年の8年間でアディダスと160億円(推定)の契約を結んだという話ですので、一流国となればそれを上回る額であることは想像に難くありません。
そういったスポーツメーカー同士の争いという観点で今大会を注目してみると、スポーツ界の2強である「ナイキ」「アディダス」が圧倒的なシェアを誇っているかのように思えますが、今大会で最も多くの国にユニフォームを提供していたのはじつは「プーマ」でした。「プーマ」はワールドカップ出場国32カ国中、なんと12カ国と契約しており、その数は「ナイキ」の8カ国、「アディダス」の6カ国を大きく上回っています。残念ながら決勝トーナメントに進んだのは「イタリア」「スイス」「ガーナ」の3チームと大幅に減ってしまいましたが、最終的にはみなさんもご存知の通りイタリアが優勝しました。今大会は契約数でも優勝国という意味でもプーマの勝利と言える大会だったように思えます。これにより、プーマのサッカー界におけるブランド価値は上がったことでしょう。
しかし重要なことはメーカーはあくまで黒子であって主役ではないということです。
サッカーの強国の代表のユニフォームにはその国を象徴する色が存在します。代表的なのはブラジルの「カナリア(黄×青)」であったり、イタリアの「アズーリ(青)」などですが、これらの代表のユニフォームはその年によって多少のマイナーチェンジはあっても、その配色はほとんど不変です。これはブランディングの観点から見ても非常に重要なことです。
イタリア代表を表す「アズーリ」とはイタリア語の「青」の複数形で、その歴史は古く、W杯では第2回大会から使用されています。今大会活躍したトッティやデルピエロらが子供の頃から、当然アズーリはアズーリでした。おそらくサッカー少年だった彼らは代表のユニフォームのデザインに「憧れ」や「夢」を持って見ていたはずです。そして彼らが代表になり、W杯のピッチに立ったとき、それは「誇り」となってプレーを支えていたことでしょう。そして今大会の彼らの活躍を見た子供達に同じように引き継がれていくのです。
この先、どこのメーカーがイタリアチームと契約しようとも、この伝統の配色は簡単に変えるべきではないでしょうし、変えようとしてもおそらく許されないでしょう。極端に言えばメーカーに許されるのは、背番号や名前の書体を選ぶことくらいでしょうか。実際に各メーカーは基本的な配色はその国の伝統や国旗にのっとってデザインし、背番号や名前の表示に使う書体はメーカー内で統一する傾向にあるようです。今大会で言えば、ナイキは名前には縦長のゴシック系の書体を使用、背番号は国ごとに2~3種類の書体が使われており、比較的オーソドックスな印象でした。それに対しアディダスは、角の丸いゴシック系のBauhausという有名な書体を使用。ワールドカップ直前の親善試合、日本×ドイツ戦でどちらも同じ書体で名前が書いてあることに気づかれた方もいらっしゃるかもしれません。また、プーマはスポーツのユニフォームでは珍しく小文字で名前を表示して、エッジの処理が特徴的な角張った書体を使っていました。
しかしながら、選手やサポーターにとって重要なのは、代表のユニフォームを作っているメーカーがどこかではなく、イタリアがイタリアらしいユニフォームであること、つまり「アズーリ」であることが重要なのです。
それだけその色に多くの人の気持ちが乗せられていると言えます。真の意味で、今大会でブランド価値を上げたのは、プーマではなくやはり「イタリア」というチームそのものだったように思います。
「ブランディング」といえば、つい「変えること」ばかりに目が向けられがちです。しかし、イタリア代表のユニフォームがそのチームの歴史と伝統を象徴する「色(アズーリ)」という重要な資産を変えず、背番号や名前で使う「書体」で時代にあわせた変化をつけてきたように、「変えるべきもの」と「変えないもの」の見極めこそがブランディングの第一歩であると感じます。
今大会のメーカー別契約チーム(参考)
●プーマ(12カ国)
ポーランド、パラグアイ、コートジボワール、イラン、アンゴラ、イタリア、ガーナ、チェコ、スイス、トーゴ、チュニジア、サウジアラビア
●ナイキ(8カ国)
オランダ、ポルトガル、メキシコ、米国、ブラジル、クロアチア、豪州、韓国
●アディダス(6カ国)
ドイツ、トリニダード・トバゴ、アルゼンチン、日本、フランス、スペイン
●アンブロ(2カ国)
イングランド、スウェーデン
●ロット(2カ国)
セルビア・モンテネグロ、ウクライナ
●その他(2カ国)
コスタリカ、エクアドル
TCDブランディングカンパニー デザイン・ディレクター 塩崎