トップブランドに追い風の時代到来?
4月の末に、名古屋のトヨタ本社ビルを初めて訪れた。「ミッドランドスクエア」というビルで、名古屋駅から徒歩4分という立地にある。ここにはトヨタ自動車のショールームや、レストラン・ショッピングゾーンも併設されており、たいへん多くの人が押し寄せていた。ちょうどランチ時だったのだが、どこのレストランも一番安いものでも2000円前後と高めにもかかわらず、どこも長蛇の列。ちょっと前の東京駅前の「丸ビル」と同じような現象で、さながら名古屋の観光新名所といったところである。
その数日前に、トヨタグループ(ダイハツと日野自動車を含む)の今年の1-3月期の販売台数が発表されていた。これによると全世界で約235万台と、 GMグループの226万台を上回ったそうだ。昨年トヨタは生産台数では世界一になったものの、販売台数ではGMに28万台及ばなかった。今年のトヨタの販売目標は934万台。10数年ほど前に、マーケティング協会の研修で自動車業界の研究をしたことがあるが、確かその時のトヨタの販売目標は400万台だったように記憶している。わずか10年で販売台数が倍増していることになる。今年はGMを抑えて悲願の世界一達成がなるか注目される。
一方、日産自動車。2007年3月期の営業利益は前期比10.9%減の7769億円と7年ぶりのマイナスに転じた。カルロス・ゴーン社長が就任後は初めての減益である。また今年度までの3ヵ年計画「日産バリューアップ」で掲げていたコミットメント(必達目標)である「世界販売台数420万台」を1年先送りすると発表した。「ゴーン・マジック」で瀕死の状態から甦った日産だが、その成長にブレーキがかかった格好である。何よりもトヨタとの差がここまで開いてきたことには驚きを隠せない。
今年で45歳になる私は、「3C」の時代を通過体験している。「3C」とは戦後の経済成長によって、一般の家庭に自動車、カラーテレビ、クーラーが普及していった昭和40年代の消費トピックスのことである。当時の消費は、「日本国民総中流」というスローガンのもと、「上」でも「下」でもなく「人並み」であることが多くの人の目標であった。このマインドにぴったり合致してヒットした大衆車が、トヨタの「カローラ」と日産の「サニー」である。この時代から自動車といえばトヨタか日産というイメージが強く刷り込まれてきた。
昭和50年代の後半になると、必要なものの世帯普及は一巡し、消費の目標は「人並み」ではなく「周りと違うこと」にシフトした。いわゆる差別化の時代で、この消費をリードしていったのは私たち「新人類世代」である。とにかく当時は「ポピュラーなもの」や「誰にでも受け入れられるもの」を毛嫌いしていた。これは自動車やAV機器のような耐久消費財だけでなく、ファッション、文具、雑貨、ひいてはひいきのミュージシャンに至るまで、自分の個性を表現する対象と捉えていた。当時はカーペンターズやエアサプライのような耳障りが良いだけのミュージシャンは「迫害」の対象とされ、彼らが好きな人間はまるで「隠れキリシタン」のように自宅でひっそりとレコードを聞いていた。自動車でいえばトヨタが「迫害」され、ホンダへの支持が高かった。当時ホンダは、北米で売上を伸ばしていたこともあって、イメージが逆輸入されブランド価値が非常に高かった。AV関連機器なら当時「まねした」と揶揄されていた松下電器は全くの対象外だった。
こうした差別化に固執してきた「新人類世代」も現在45歳前後となり、ずいぶん消費に対するスタンスも変わってきた。基本的には「差別化マインド」はベースにあるのだが、当時あれだけ毛嫌いしてきた「ポピュラーブランド」や「ビックブランド」への抵抗感が薄れてきている。むしろ企業力が高いほうが、将来のロードマップもきちんと描けており、この企業についていけば安心ではないかという気持ちが強い。選挙の際に無党派層が「勝ち組」に投票したいという心理状態にも近いかも知れない。つまりトップブランドにより有利なドライブが働く状況になっていると感じる。さらにこれを加速させるのが、30代半ばに差し掛かり、世帯消費の主役になりつつある「団塊ジュニア層」の存在である。彼らは情緒的な情報に流されることなく、極めて合理的な選択をするという消費特性がある。こうなるとますます「トップブランド」が選択されていく土壌が拡がっていくことになるはずである。
かつてよきライバルとしてしのぎを削ったトヨタと日産。今日の企業格差には、前述したような消費マインドの変遷が少なからず影響を与えているはずである。時代の風を鋭く読みぬく力が、これからのマーケティングには一層求められる。
TCDブランディングカンパニー プランニング・ディレクター 生山久展