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    <title>山田崇雄ギャラリートーク</title>
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    <published>2010-01-06T09:15:21Z</published>
    <updated>2010-01-14T05:51:05Z</updated>

    <summary>日時：2010年1月23日（土） 場所：東京国立近代美術館　ギャラリー4 TCD...</summary>
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        <![CDATA[日時：2010年1月23日（土）<br />
場所：東京国立近代美術館　ギャラリー4<br /><br />
TCD会長の山田崇雄が、東京国立近代美術館の「早川良雄　ー顔と形状ー」展にてギャラリートークを行います。<br />
展覧会会期：2010年1月2日（土）〜2月14日（日）　<br />
<a href="http://www.momat.go.jp/Honkan/Hayakawa_Yoshio/index.html" target="_blank">http://www.momat.go.jp/Honkan/Hayakawa_Yoshio/index.html</a>]]>
        
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    <title>山田崇雄講演会『なにわの新聞広告100年に学ぶ』</title>
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    <published>2010-01-06T08:22:13Z</published>
    <updated>2010-01-14T05:50:38Z</updated>

    <summary>OAC新年賀詞交歓会「新春特別講演会」 日時：2010年1月15日（金） 場所：...</summary>
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        <![CDATA[OAC新年賀詞交歓会「新春特別講演会」<br />
日時：2010年1月15日（金）<br />
場所：ホテルグランドパレス　<br />
<br />
TCD会長の山田崇雄が、OAC新年賀詞交歓会にて特別講演を行います。<br />
今回のテーマは、「なにわの新聞広告100年」に見る「往事の企業の才覚と自信、経営人の気迫」さらに「広告制作者の奇知と機知に富んだクリエイティブ」を通じて、混迷する現代社会の打開に有効なヒントを見つけ、又、今求められている企業の在り方、経営の姿勢。生産と消費の中に立つ私達コミュニケーターのミッションについて大いに語ります。]]>
        
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    <title>トップブランドに追い風の時代到来？</title>
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    <published>2007-06-30T15:00:00Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:25:09Z</updated>

    <summary>4月の末に、名古屋のトヨタ本社ビルを初めて訪れた。「ミッドランドスクエア」という...</summary>
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        <![CDATA[4月の末に、名古屋のトヨタ本社ビルを初めて訪れた。「ミッドランドスクエア」というビルで、名古屋駅から徒歩4分という立地にある。ここにはトヨタ自動車のショールームや、レストラン・ショッピングゾーンも併設されており、たいへん多くの人が押し寄せていた。ちょうどランチ時だったのだが、どこのレストランも一番安いものでも2000円前後と高めにもかかわらず、どこも長蛇の列。ちょっと前の東京駅前の「丸ビル」と同じような現象で、さながら名古屋の観光新名所といったところである。<br /><br />その数日前に、トヨタグループ（ダイハツと日野自動車を含む）の今年の1-3月期の販売台数が発表されていた。これによると全世界で約235万台と、 GMグループの226万台を上回ったそうだ。昨年トヨタは生産台数では世界一になったものの、販売台数ではGMに28万台及ばなかった。今年のトヨタの販売目標は934万台。10数年ほど前に、マーケティング協会の研修で自動車業界の研究をしたことがあるが、確かその時のトヨタの販売目標は400万台だったように記憶している。わずか10年で販売台数が倍増していることになる。今年はGMを抑えて悲願の世界一達成がなるか注目される。<br /><br />一方、日産自動車。2007年3月期の営業利益は前期比10.9%減の7769億円と7年ぶりのマイナスに転じた。カルロス・ゴーン社長が就任後は初めての減益である。また今年度までの3ヵ年計画「日産バリューアップ」で掲げていたコミットメント（必達目標）である「世界販売台数420万台」を1年先送りすると発表した。「ゴーン・マジック」で瀕死の状態から甦った日産だが、その成長にブレーキがかかった格好である。何よりもトヨタとの差がここまで開いてきたことには驚きを隠せない。<br /><br />今年で45歳になる私は、「3C」の時代を通過体験している。「3C」とは戦後の経済成長によって、一般の家庭に自動車、カラーテレビ、クーラーが普及していった昭和40年代の消費トピックスのことである。当時の消費は、「日本国民総中流」というスローガンのもと、「上」でも「下」でもなく「人並み」であることが多くの人の目標であった。このマインドにぴったり合致してヒットした大衆車が、トヨタの「カローラ」と日産の「サニー」である。この時代から自動車といえばトヨタか日産というイメージが強く刷り込まれてきた。<br /><br />昭和50年代の後半になると、必要なものの世帯普及は一巡し、消費の目標は「人並み」ではなく「周りと違うこと」にシフトした。いわゆる差別化の時代で、この消費をリードしていったのは私たち「新人類世代」である。とにかく当時は「ポピュラーなもの」や「誰にでも受け入れられるもの」を毛嫌いしていた。これは自動車やＡＶ機器のような耐久消費財だけでなく、ファッション、文具、雑貨、ひいてはひいきのミュージシャンに至るまで、自分の個性を表現する対象と捉えていた。当時はカーペンターズやエアサプライのような耳障りが良いだけのミュージシャンは「迫害」の対象とされ、彼らが好きな人間はまるで「隠れキリシタン」のように自宅でひっそりとレコードを聞いていた。自動車でいえばトヨタが「迫害」され、ホンダへの支持が高かった。当時ホンダは、北米で売上を伸ばしていたこともあって、イメージが逆輸入されブランド価値が非常に高かった。AV関連機器なら当時「まねした」と揶揄されていた松下電器は全くの対象外だった。<br /><br />こうした差別化に固執してきた「新人類世代」も現在45歳前後となり、ずいぶん消費に対するスタンスも変わってきた。基本的には「差別化マインド」はベースにあるのだが、当時あれだけ毛嫌いしてきた「ポピュラーブランド」や「ビックブランド」への抵抗感が薄れてきている。むしろ企業力が高いほうが、将来のロードマップもきちんと描けており、この企業についていけば安心ではないかという気持ちが強い。選挙の際に無党派層が「勝ち組」に投票したいという心理状態にも近いかも知れない。つまりトップブランドにより有利なドライブが働く状況になっていると感じる。さらにこれを加速させるのが、30代半ばに差し掛かり、世帯消費の主役になりつつある「団塊ジュニア層」の存在である。彼らは情緒的な情報に流されることなく、極めて合理的な選択をするという消費特性がある。こうなるとますます「トップブランド」が選択されていく土壌が拡がっていくことになるはずである。<br />　<br />かつてよきライバルとしてしのぎを削ったトヨタと日産。今日の企業格差には、前述したような消費マインドの変遷が少なからず影響を与えているはずである。時代の風を鋭く読みぬく力が、これからのマーケティングには一層求められる。<br />]]>
        
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    <title>世代を超えて、夢を運ぶトミカ</title>
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    <published>2007-06-30T15:00:00Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:28:24Z</updated>

    <summary>大阪の南港ATCホールで4月27日からゴールデンウィーク中に開催されていた、タカ...</summary>
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        <![CDATA[大阪の南港ATCホールで4月27日からゴールデンウィーク中に開催されていた、タカラトミー主催のトミカ博に行ってきました。トミカ博というのは、トミカ誕生30周年記念イベントとして2000年から開催され始めたもので、トミカの歴史をはじめ、クイズ形式でトミカについて知るトミカアカデミー、歴代トミカの展示コーナー（小型・普通自動車、大型・貨物自動車、特殊自動車、ハイパーシリーズ、トミカドリームモータース等）がある他、トミカ記念モデルの実車も展示されています。他にも、釣り針を使用したトミカつり、好きな色を選んで組み立ててもらえる組立工場体験、実際に乗れるトミカなど、1枚100円のチケット制で体験ができるアトラクションがあり、小さな遊園地「トミカランド」といった感じでしょうか。当初は東京で開催されていましたが、「大人も子どももトミカを身近に体験できるイベント」と好評の末、大阪、名古屋、札幌、北九州でも開催されるようになりました。<br /><br />さて、そのトミカ博ですが、来場していた客層は、トミカの主要ターゲットである家族連れが8割強、20代友達連れ等が1割、トミカマニア（？）と見られるような人が1割弱ほどです。<br />特に印象的だったのは、トミカに夢中な父親たちの姿が見受けられた点です。ビデオやデジタルカメラで楽しんでいる子どもを映す一方、昔懐かしいトミカのコーナーでは、いかにトミカを美しく映すかに力を注いでおり、父親本人が楽しんでいるようでした。<br />トミカの誕生は1970年。それまでのミニカーの世界は輸入品がほとんどであった中、「国産車のダイキャストミニカー」をフレーズに株式会社トミーより発売されました。それ以来、時代に応じた新製品を導入するだけでなく、復刻版や限定モデルなど、コレクター魂をくすぐる商品戦略を行ってきたトミカですが、トミカの原点である「夢を与えるものづくり」の部分は守り続けています。30周年を迎えた2000年代に入ってからは、特に「2世代もしくは3世代で楽しめ、夢を与えるブランド」として勢いをつけてきたように感じます。<br /><br />もともとトミカは、実車のスケールをそのまま小さくすると長細く見えてしまうということから、車幅感が出るようなデフォルメがされています。これは、トミカのユーザーの中でも約8割を占める子どもたちが、ミニカーを上から見下ろすことを考慮してのこだわりです。このような子ども目線での商品開発をしながらも、2001年には元祖トミカ世代の大人たちやミニカーファンもターゲットとした、「トミカリミテッド」シリーズを誕生させました。このシリーズは、今までのトミカのフォーマットを守りながらも、形状や彩色などにこだわり、徹底的にリアルなミニチュアカーとして、通常のトミカシリーズとは別のブランドとして販売されています。さらに、2004年には「もしも、トミカが昭和30年代に誕生していたら」というコンセプトのもと、昭和30年代の車を集めた「トミカリミテッド　ヴィンテージ」シリーズが新たに加わりました。<br /><br />「大人向けのトミカ」開発の背景には、少子化の影響から事業領域を拡大する必要があったことに加え、近年の大人向け玩具市場の伸びによる後押しがあったと考えられます。<br />2003年にバンダイによって発売された、小さなフィギュアが音楽を演奏する「LITTLE JUMMER」は、ケンウッドとコラボレーションすることで音質にこだわった他、書店や紳士服売り場など、玩具というカテゴリーを超えた販売ルートを使用。その結果、21,000円から52,500円という高価格にも関わらず40代以上の男性の心をつかみ、2007年3月末までに累計約8万台を達成するほどのヒット商品となっています。また、バンダイによる「仮面ライダー変身ベルト（31,500円）」や、学研による「大人の科学（2,300円）」など、近年は40代以上向けの懐古的、かつ「玩具」にとどまらない本格的なホビー商品のへの注目が高まっています。<br />一昔前はとにかく「働く男性」が魅力的だと思われていましたが、今や仕事だけでなく、「自分時間への投資」も惜しまず、プライベートも充実していることが、魅力的な男性像であると評価される傾向が見られます。今世紀に入り、40代や団塊世代向けの男性雑誌も次々と出版され、男性の趣味を特集した記事もたびたび登場するようになってきました。ファッション、釣り、車、旅行・・・さまざまな「こだわり」がある中、いくつになってもどこかに残っている「子ども心」を刺激し、懐かしい気分に浸れる、純粋に楽しめる懐古的な玩具は、玩具にとどまらない「リアルさ」を追求することで、立派な「趣味のアイテム」となり得るのではないでしょうか。<br /><br />子どもが楽しむ「トミカ」は走らせ、街を作って遊ぶトミカ。一方大人向けの「トミカリミテッド」は眺めて、昔の思い出やその当時の夢、憧れにふけりながら楽しむトミカ。今私が気になるのは、今はまだ、「トミカリミテッド」が大人向けのミニカーでしかないという点です。トミカ博でも感じましたが、もっと「トミカリミテッド」を大人向けホビー商品のブランドとして意識させるマーケティング展開があってもよいのではないでしょうか。例えば、リミテッドの時代にふさわしい街並みやフィギュアを組み合わせ、ミニカーを飾る空間までを「トミカリミテッド」ブランドとしたシーン提案を行うのもよいかもしれません。また、同じような趣味を持つ仲間が集い、リミテッドコレクションの披露や「大人の趣味」に関する情報を交換できるSNSを利用したサイトがあっても面白そうです。<br />私自身も「トミカリミテッド」シリーズを購入し、インテリアとして棚に並べていますが、それでしかありません。ミニカーをただコレクションボックスに並べて楽しむだけでなく、趣味世界として、思わず夢中になってしまうような仕掛けがあれば、「トミカリミテッド」は、単なる「大人向けのトミカ」を超えて、「トミカ」全シリーズにおいてもハイクラスなサブブランドとしての深さとおもしろさが出てくるのではないかと感じました。<br /><br /><br />タカラトミー　トミカ公式サイト<br /><a href="http://www.takaratomy.co.jp/products/tomica/" target="_blank">http://www.takaratomy.co.jp/products/tomica/</a> ]]>
        
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    <title>TAKAO YAMADA EXHIBITION 50</title>
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    <published>2007-02-25T02:22:58Z</published>
    <updated>2009-04-15T05:13:16Z</updated>

    <summary>2/25sun.〜3/4sun.（ご報告） 弊社会長である山田崇雄の50年にわた...</summary>
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        <![CDATA[2/25sun.〜3/4sun.（ご報告）<br>
<br>
<img src="http://www.tcd.jp/tcd/images/exhibition.jpg" width="605" height="970" alt""><br>
<br>
弊社会長である山田崇雄の50年にわたるグラフィックデザイナーとしての足跡と現在の姿を概観する本展は、2007年2月25日から3月4日まで、大手前学園60周年記念事業の一環として大手前大学アートセンター（安藤忠雄氏設計）にて開催されました。グラフィックデザイナーとしての50年にわたる作品に加え、父である商業美術作家山田翠へのオマージュ作品、新作グラフィックアート「Thanks70」をふくめ総点数297点にわたる展示となりました。期間中、老若男女を問わず多くの方が来館され、好評裡に終えることができました。<br>
<br>
オープニングレセプションは2月25日、大手前学園福井理事長のご挨拶からはじまり、山中芦屋市長の祝辞、小林製薬株式会社小林会長による乾杯などの進行の中、ご招待のお客様はじめ、デザイン関係者、美術愛好家の方々が多数集まり大盛況でした。レセプションに先駆け行われたトークセッションでは兵庫県立美術館学芸員、河崎晃一氏をお迎えして、50年にわたる山田崇雄作品を振り返りながら、同時に日本のグラフィックデザインの流れをも顧みることになった大変趣深い対談となり、満席の会場の皆様にとっても多大な興味を持っていただけるものとなりました。
<br>
]]>
        
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    <title>ホテルのブランドエクスペリエンス</title>
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    <published>2006-12-26T09:40:41Z</published>
    <updated>2009-04-20T09:42:55Z</updated>

    <summary>10月19日、世界初のヴァーチャルホテルがオープンしました。ラウンチパーティでは...</summary>
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        <![CDATA[10月19日、世界初のヴァーチャルホテルがオープンしました。<br />ラウンチパーティではスペシャルゲストのベン・フォールズが未公開（10/24発売）のアルバムに納められた新曲の初披露をして、おおいに盛り上がったそうです。<br />さて、そのヴァーチャルホテルとは？<br /><br />シェラトンホテルやウェスティンホテルなど、8つのホテルブランドを全世界で展開しているスターウッドグループの新ブランド「<a href="http://www.starwoodhotels.com/alofthotels" target="_blank">ALOFT</a>」が2008年のオープンに先駆けてお客様に提供している「エクスペリエンス」です。<br />このホテルは、新しいライフスタイルを提案するホテルとして話題の「W&nbsp;HOTELS」を手がけたチームが、その成功を"ホテルを単なる宿泊の場所から、さまざまな体験の場へと転換したこと"にあったことを踏まえて新たに立ち上げられたホテルブランド。彼らはALOFTについて「都会的でかっこ良く、従来の時代遅れなホテルとはまったく違う」と言い切っています。<br /><br />「aloft」（空高く～）といった意味を持つブランド名、さらにいえば、「a&nbsp;loft」といった言葉も連想させ、（Loft：19世紀初頭にアメリカの芸術家が広いアトリエと安い家賃、さらに反社会的な意味も込めて、使われなくなった工場に移り住みはじめ、それが「創造的」「自由」を象徴するカッコ良いスタイルとして世界中に広まったムーヴメント）そのネーミングだけで私は既に、「何かやってくれそう。」といった期待感を持ちました。<br /><br /><br />さて、まず挙げるべきその「従来のホテルとはまったく違う点」は、1号店立ち上げの2年も前にお客様に提供している、リアルとヴァーチャルの世界での「ブランド・エクスペリエンス」です。<br /><br />■リアルで---<a href="http://www.exhibitoronline.com/corpevent/article.asp?ID=1033" target="_blank">ALOFT a-go-go</a><br />流線型のアルミの機体にリベット留めのキャンピングトレーラー、エアストリームを改造し、ALOFTの様子をほんのちょっと体験できるactivity&nbsp;centerを製作し、なんとホテルが自らが動いて「体験」を提供しに出かけるというもの。06年1月から全米を巡り、関連サービス会社やデベロッパーに行っては、今後の「ALOFT」展開のためのビジネスミーティングの場と化し、POPカルチャーのイベントに行っては、将来の顧客へ向け、「ALOFT」の楽しさや期待感を提供し、絶大なパブリシティと口コミの効果を生んでいるそうです。<br /><br />■ヴァーチャルで--<a href="http://www.virtualaloft.com/" target="_blank">-ALOFT in Second&nbsp;Life</a><br />10代～80代まで、世界中に80万人ものユーザーがいるというオンライン・ヴァーチャルワールド「Second&nbsp;Life」の中に2006年初頭からホテル建設を始め、その様子をブログで公開しているというもの。冒頭はそのラウンチパーティに関するニュースです。また、ヴァーチャルホテルはPR機能としてだけでなく、数パターンの建築デザインから人気だったものを取り入れるなど、モニターの場としても活用されています。<br /><br />普段ゲームには無縁の私も、たまらず見てみたくなってこのヴァーチャルホテルを覗いてみました。リッチコンテンツを見慣れた私達にとって、質感など「ホテル」そのものは、特に驚くこともありませんが、アメリカが夜の時間帯には人（アバター）であふれ、さかんに会話（チャット）が交わされています。SONY&nbsp;BMGが展開しているメディアアイランドに隣接していることもあり、イベントには最適の場所ですので、このヴァーチャルホテルの役割は、情報発信やコミュニケーションの場といったところなのでしょう。<br /><br />上記PR戦略や、WEB、プレスリリースにいたるまで、みごとに一貫したトーン＆マナーが構築する「ALOFT」のブランドキャラクターは、若々しく、行動的で、フレンドリー、かしこまらず、それでいてスマートなオンライン世代。つまり、ここ数年話題の新・富裕層「BOBOS」のイメージ像に合致します。さらに、「ALOFT」はBOBOS層にヒットする価値観「環境への配慮」へのプロジェクトも予定している旨を発信している点など、目配りの抜かりのなさを感じます。<br /><br />■ALOFT&nbsp;See&nbsp;Green（エコフレンドリーなプロジェクト）<br />駐車場に芝生を植える、ハイブリッドカーを貸し出す、建材は再利用のチーク材を使う、アメニティは非再生物質を削減して作られた詰め替え用ボトルを使用、などなど、オペレーションやツールによってそれぞれのゲストに環境に対しての責任を選択できるようにし、環境への負荷を軽減する手助けをするという、「ALOFT」のビジョンを形にしたプロジェクト。<br /><br /><br />現在、本部スタッフによって守られている「ALOFTらしさ」が、立ち上げ後、フランチャイズによって世界中に展開されてゆく上で、どのように守られ、継承されてゆくのか、という事については、今後注目すべき点であり、ブランド運営を担当する皆様の参考にもなるのではないでしょうか。<br />今のところ、「W」も「ALOFT」も日本展開の予定が聞こえてきませんが、ぜひ、日本における「ALOFT」の実現を見てみたいものです。 <br /><br /><br /><br />□補足：「Second&nbsp;Life」について <br />特に目的を与えず、モデリングツールと通貨やチャット機能といったインフラだけ整えられたオンライン・ヴァーチャルワールド。他者とコミュニケートしたり、土地を買って店を作ったり物を作って売ったりできます。ゲーム内の通貨は米ドルに換金でき、それで生計を立てる人も出てきたほどで、米政府は課税を検討。<br />ユーザーはSecond&nbsp;Lifeの中でイラク戦争について反対又は賛成運動を繰り広げたり、（リアルの）大統領戦のキャンペーンも行われるなど、ゲーム内での目的が設定されていないだけ、普通の社会に近いことが繰り広げられています。最近では企業も目をつけ、Second&nbsp;Life内に体験の場を設けて、リアルの世界でのPR費よりはるかに安い投資でPR活動を行っています。<br />・日産がドライビングコースを建設、新車を走らせる。<br />・SONY BMGがアーティスト部屋を設けてPRやコンサート開催。<br />・ロイターが通信局を開設。リアル社会やSL内の情報を取材・発信。<br />・NIKEがSL内アバター用のスニーカーを開発して販売。<br />などなど。<br /><br />Second&nbsp;Life（英語版）<br /><a href="http://secondlife.com/" target="_blank">http://secondlife.com/</a><br /><br />Second&nbsp;Life（日本語版、まもなく公開）<br /><a href="http://secondlife.com/world/jp/" target="_blank">http://secondlife.com/world/jp/</a><br /><br />Second&nbsp;Lifeについて書かれたブログ（日本語）<br /><a href="http://toshio.typepad.com/b3_annex/second_life/index.html" target="_blank">http://toshio.typepad.com/b3_annex/second_life/index.html</a> ]]>
        
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    <title>BMWに見るブランド・コミュニケーション</title>
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    <published>2006-12-01T12:20:53Z</published>
    <updated>2009-04-23T02:32:27Z</updated>

    <summary>最近、プレゼントとして友人からBMWのミニカーをいただきました。いわばBMWのお...</summary>
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        <![CDATA[<p align="left">最近、プレゼントとして友人からBMWのミニカーをいただきました。いわばBMWのおもちゃなのですが、BMWは自社製品のミニカーを玩具メーカーにOEM生産させていて、BMW車を忠実に再現できるメーカーを世界中の玩具メーカーから選んで生産させていると聞きます。そのため、ケースにはしっかりとBMWの刻印が押してあり、その完成度は実車さながらです。<br /><br />BMWは世界で最も成功しているブランドの一つであると言われていますが、その理由としてBMWのマークがついている商品はたとえそれがミニカー1台であっても、自社で徹底した品質のコントロール行い、一貫して「BMWは退屈なものを作らない」という約束を守り続けているところにあると思います。その思いは、1970年代半ば以降ずっと変えられることなく「究極のドライビングマシン」（日本語訳：駆け抜ける喜び）というコーポレートスローガンに込められ、現在でも世界中で使用されています。<br /><br />言うまでもなく、BMW車の性能は、「究極のドライビングマシン」として国内外の専門家や顧客から絶賛されている訳ですが、私がBMWブランドに注目する理由は、そのブランド・コミュニケーション能力の高さにあります。「いかにブランドの価値を魅力的に伝えていくのか」ということにBMWは非常に長けた企業であり、以下にご紹介させていただく広告コピーの一部からもBMWのコミュニケーションのうまさが見て取れます。<br /><br /><img src="../../img/0612_img.jpg" /><br /><br />この広告は、人生に多くのことを求める、何一つ譲らない情熱的な大人たちがコンセプトになっていて、人間の心の中に共存する欲望を、対象的なコピーを繋げる"but（～が）"という言葉が表現しています。<br /><br /><br /></p><p align="center">大人の哲学を持ち、子供のような純粋さを持つ人。<br /><br />主流なのに、心は反主流である人。<br /><br />スーツを着こなすが、ジーンズもはきこなす人。<br /><br />寡黙ではあるが、説得力のある人。<br /><br />人生も語れるが、ジョークもうまい人。<br /><br />有意義も好きだが、無意味なことも好きな人。<br /><br />後部座席にも座るが、ステアリングも握る人。<br /><br />ワインにも詳しいが、恐竜にも詳しい人。<br /><br />常識は持っているが、決して縛られない人。<br /><br />ＩＴに強いが、手紙は万年筆でかく人。<br /><br />家庭を愛しているが、時には家庭を忘れられる人。<br /><br /><br />・　<br />・　<br />・　<br /><br /></p><p align="left">専門書で調べてみたところ、BMWの顧客は「3分の2が男性」「平均年齢46歳」「高年収」「高学歴」「既婚」「子供なし」という属性を持つ人が大半であり、さらにサイコグラフィック分類から、彼らは「リーダーシップに溢れ」「よく働きよく遊び」「活動的で日々運動を怠らず」「自分に対しても他人に対しても要求が高い人」であるという調査結果が得られたと記載されていました。まさに上記の広告コピーに描かれているような人達がBMWのコアなファンということがわかります。さらに、同じ自動車業界において広く富裕層をターゲットにしてプレミア感を押し出すベンツやレクサスと比べて、BMWがターゲットにする顧客層は、富裕層の中でも限られた属性を持つ人たちに絞り込まれていることが推察できます。つまりBMWはあくまで「本物」＝「究極のドライビングマシン」というブランドイメージを体現するために、製品の細部にまでこだわりを持ち、あくまで本物にこだわり続ける特性を持つ人々の心にダイレクトに響くような言葉で、ピンポイントでコミュニケーションすることが要求されています。<br />私が上記の広告コピーを始めて新聞広告で目にしたとき、「BMWに乗るのはこういう人だ。」と言っているようで非常に強気な印象を受けたのですが、一方でその背景にある「本物」というメッセージを、顧客の共感を生み出す言葉で伝えているところにBMWブランドの一貫した姿勢を感じました。最近市場投入された新型Z4の広告には「スポーツカー　それ以上､以下でもない」というコピーが打ち出されています。<br /><br />すべてにおいて完璧に見えるBMWですが、私が一点課題をあげるとすれば店舗ではないかと思います。先日も銀座にある「BMW Pulse」という、BMWが提案するライフスタイルをトータルに体感できる、自動車業界では珍しいブランドショップに行ってきました。はじめは、ディーラー（販売店）ではなくブランドショップを自動車会社が展開していることに、非常に期待して足を運んだのですが、最新モデルの展示車が置いてあるだけでがっかりしてしまいました。キャンペーンやイベントを行っていなかったからなのか分かりませんが、あまりにもプロダクト（自動車）に頼りすぎている展示になっていて、ディーラーとの違いが何なのか伝わってこなかったのが残念です。店舗において購入前、購入時点、購入後とトータルにブランドを体験させることについては、自動車業界全体が他の業界よりも出遅れている部分ではないかと思います。そういった意味ではトヨタが顧客視点に立ち、レクサスのディーラーにホテル並みのおもてなしと高級ブランドショップを思わせるVMDの演出を導入できたことは画期的であるように思います。<br /><br />BMWブランドは「本物」というイメージを保ち、「知的な成功」を象徴するブランドであり続けるために、常に機能面における評価、情緒面における共感と感動を生み出さなければならないことが宿命付けられています。言い換えれば、顧客として最も厳しい目を持つ人達を「絶対に飽きさせない」というギリギリの勝負を行っていると言えます。そのために、すべての企業活動において一切妥協を許さない姿勢を貫き通しています。しかし私がブランドショップで感じたのは、世界のトップブランドといえどもブランドと顧客が接するすべての点において、完璧にブランドをコントロールしていくのかがいかに難しいのかという事実です。</p>]]>
        
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    <title>ハイコンセプトの時代</title>
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    <id>tag:tcd.jp,2006:/html/magazine//6.104</id>

    <published>2006-07-21T09:35:06Z</published>
    <updated>2009-04-20T09:39:40Z</updated>

    <summary>問題　以下の6項目はある本の中身の見出しです。さて、その本は？ ■「機能」だけで...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[問題　以下の6項目はある本の中身の見出しです。さて、その本は？
<br /><br />
<table cellspacing="1" cellpadding="10" width="100%" bgcolor="#333399" border="0">
<tbody>
<tr>
<td bgcolor="white">
<p>■「機能」だけでなく「デザイン」<br />■「議論」よりは「物語」<br />■「個別」よりも「全体の調和（シンフォニー）」<br />■「論理」ではなく「共感」<br />■「まじめ」だけでなく「遊び心」<br />■「モノ」よりも「生きがい」 <br /></p></td></tr></tbody></table><br />ブランドの本？と思われたあなた、このメルマガのまじめな読者ですね。正解は大前研一訳、ダニエル・ピンク著（訳者の方が大きな活字。）『ハイコンセプト－「新しいこと」を考え出す人の時代』の中で紹介されている6つの「感性（センス）」です。書店山積みですので、きっともう読まれた方もたくさんおられると思います。<br /><br />この本で、著者のピンクが主張しているのは、情報化社会なんてもう終わった。そんなのは中国やインドに任せておけばいい。これからは「コンセプチュアル社会」が来る。そこでまともな給料をもらって、良い生活をしようとするなら、前例や既成概念にとらわれず、上の6つのセンスを磨き、右脳主体で乗り切っていこう、ということです。<br /><br />というと安易なハウツーものか、あるいは一時流行った「左脳、右脳」ものかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、著者は時には遊び心を交え、豊富な事例を挙げながら、論理で説得するのではなく、来るべき社会のアウトラインについて、その全体的なイメージを提示し、共感に足る物語を紡ぎだそうとしているようです。（6つのうち、何個入ったでしょうか？）<br /><br />ひとつの例を挙げてみましょう。MBA（経営学修士）はアメリカの企業社会ではエリートの代名詞でもあり、今も皆こぞって取得したがるものだと思っていましたが、マッキンゼーでは、93年には新入社員の61％がMBA取得者であったものの、10年後の03年には43％にまで下がってしまったとのことです。代わって今やエリートの人気の的はMFA（Master&nbsp;of&nbsp;Fine&nbsp;Art）すなわち美術学修士であり、ハーバード・ビジネススクールよりも、UCLA芸術学部大学院の方が遥かに狭き門なのだそうです。これまでMBA取得者がやっていた財務分析やレポート作成などの業務はなくなったのかといえば実はそうではなく、MBAをもったインドの方々がやっているという訳です。<br /><br />では、MFAを取得した学生はどんな職業に就くのでしょうか？グラフィックデザインやテレビゲームの設計あるいはギャラリー勤務など、狭義のクリエイティブ・ビジネスに従事するばかりでなく、医者や弁護士など従来は左脳万能と思われた職業にもMFAは進出著しいのだそうです。例えばコロンビア大学の医学部では、学生は「物語医学」を学びます。様々な調査結果から、コンピュータ診断は効果的ではあるが、診断におけるもっと重要な部分は「患者が語る物語」に隠されているということが分かってきたからなのです。ですから、医学部の学生たちは美術センターで、より観察眼に磨きをかける訓練を行います。絵画を学ぶことによって、被写体やモデル、即ち患者のコンデションのごく細かい部分まで気づく能力を磨くことができるからです。また、バージニア州には「アニメーターズ・アット・ロー」というベンチャー企業があります。ここは法学部出身者が経営しているデザインの会社で、裁判で弁護士が陪審員を説得する際の手助けとなる、資料や図表、ビデオなどを作成するサービスを専門に行っているのだそうです。<br /><br />著者にならって、私もひとつの例を挙げてみましょう。大阪大学の付属施設に「<a href="http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/" target="_blank">コミュニケーションデザイン・センター</a>」というのがあります。 
<br /><br />
<table cellspacing="1" cellpadding="10" width="100%" bgcolor="#333399" border="0">
<tbody>
<tr>
<td bgcolor="white">専門的知識を持つ者と持たない者、利害や立場の異なるひとびと、そのあいだをつなぐコミュニケーション回路を構想・設計する<br /></p></td></tr></tbody></table><br />というのがこのセンターの<a href="http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/about/index.html" target="_blank">設立目的</a>です。ちょっと長くなりますがこのセンターの<a href="http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/about/mondaiishiki.html" target="_blank">問題意識</a>をWEBサイトから抜粋して見ましょう。 
<br /><br />
<table cellspacing="1" cellpadding="10" width="100%" bgcolor="#333399" border="0">
<tbody>
<tr>
<td bgcolor="white">
<p>環境汚染や資源の枯渇といったマクロな問題から遺伝子治療や再生医療といったミクロな生命技術の問題まで、科学技術の先端的な問題はことごとくわたしたちの生命と安全に深くかかわるものです。しかしこういった問題の理解には高度な専門的知識が必要となるため、市民がそれらの問題の発生する仕組みや解決の方法を自分たちで理解したり、構想したりすることは必ずしも容易ではありません。（中略）科学技術政策というマクロな意思決定の場面から、医療・福祉・教育など個々の臨床的な現場での意思決定の場面まで、利害や立場の異なる当事者のあいだ、とりわけ異なる専門家のあいだ、専門家と非専門家のあいだに、双方が十分に理解しあえるための適切なインターフェイスのしくみが欠落しているという状況が、現在日本社会には深刻なかたちで存在します。この状況に対して、コミュニケーションのデザインという視点から、アプローチしていきたいと考えています。<br /></p></td></tr></tbody></table><br />私はこれまで大阪大学とは実学志向の野暮な大学（失礼！）とばかり思っていましたが、科学技術をはじめとする実学の世界にこそ、ダニエル・ピンクが指摘する「ハイコンセプトでハイタッチな」資質が要求されるのだと気づいておられるようで、なかなかにコンテンポラリーな感覚を持った、柔軟な大学かと不明を恥じる思いです。同じサイトには、大阪大学の教育目的のひとつに「デザイン力」の育成がある、と書かれていてこれにも驚きました。この大学の副学長は鷲田清一という有名な哲学者です。鷲田氏は現象学・身体論など現代で重要とされる学問の研究家であるばかりでなく、ファッションやモードなどの社会現象にも、独自の立場から鋭い発言をされており、私はいつも注目しています。鷲田氏がここに引用した大阪大学の諸政策にどのように関わっておられるのか、私の知るところではありませんが、ここにも6つのセンスを持った方がリーダーとして存在されていることは確かなようです。]]>
        
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    <title>アズーリの価値</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://tcd.jp/html/magazine/2006/07/post-47.html" />
    <id>tag:tcd.jp,2006:/html/magazine//6.137</id>

    <published>2006-07-01T12:18:51Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:26:38Z</updated>

    <summary>約一ヶ月間にわたったサッカーのワールドカップもイタリアの優勝という形で幕を閉じま...</summary>
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        <category term="02_Branding Magazine" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[約一ヶ月間にわたったサッカーのワールドカップもイタリアの優勝という形で幕を閉じました。地元ドイツの快進撃やブラジル・アルゼンチンの南米勢の敗退、そして中田英寿選手の突然の現役引退発表、決勝戦でのジダンの退場劇 など今大会も様々な話題を提供してくれました。<br /><br />この大会期間中の報道や盛り上がりを見ていると、日本人にとってワールドカップというイベントは、98年フランス大会の初出場以降、一部のサッカーファンだけではなく、オリンピックに並ぶ、国民的なスポーツイベントとしてすっかり定着したと感じます。<br /><br />当然ながらこれだけ大きなスポーツイベントですから、商業価値や、世界中のマーケットに与える影響も相当なものです。大会毎につり上がる放映権料や、ピッチに看板を掲出するスポンサーなど過度な商業化に関しては、批判もありますが、現実としてその水面化では巨額のお金が動いているのも事実です。<br /><br />さて、ワールドカップを巨大なマーケットとして見ると、代表同士の争いの影で、代表にユニフォームを提供するメーカー同士の戦いにも熾烈なものがあります。<br /><br />特に一流国ともなればワールドカップ期間の最後まで勝ち残る可能性が高いため、単純に消費者の目に触れる時間が長い上に、スター選手の多さからチーム自体の注目度も高いため、その宣伝効果は抜群です。これによりサッカー界におけるそのメーカーのブランド価値を上げると同時に、相乗効果でユニフォームそのものの売り上げも見込めます。ちなみに、日本代表チームが2007年～2015年の8年間でアディダスと160億円（推定）の契約を結んだという話ですので、一流国となればそれを上回る額であることは想像に難くありません。<br /><br />そういったスポーツメーカー同士の争いという観点で今大会を注目してみると、スポーツ界の2強である「ナイキ」「アディダス」が圧倒的なシェアを誇っているかのように思えますが、今大会で最も多くの国にユニフォームを提供していたのはじつは「プーマ」でした。「プーマ」はワールドカップ出場国32カ国中、なんと12カ国と契約しており、その数は「ナイキ」の8カ国、「アディダス」の6カ国を大きく上回っています。残念ながら決勝トーナメントに進んだのは「イタリア」「スイス」「ガーナ」の3チームと大幅に減ってしまいましたが、最終的にはみなさんもご存知の通りイタリアが優勝しました。今大会は契約数でも優勝国という意味でもプーマの勝利と言える大会だったように思えます。これにより、プーマのサッカー界におけるブランド価値は上がったことでしょう。<br /><br />しかし重要なことはメーカーはあくまで黒子であって主役ではないということです。<br /><br />サッカーの強国の代表のユニフォームにはその国を象徴する色が存在します。代表的なのはブラジルの「カナリア（黄×青）」であったり、イタリアの「アズーリ（青）」などですが、これらの代表のユニフォームはその年によって多少のマイナーチェンジはあっても、その配色はほとんど不変です。これはブランディングの観点から見ても非常に重要なことです。<br /><br />イタリア代表を表す「アズーリ」とはイタリア語の「青」の複数形で、その歴史は古く、W杯では第2回大会から使用されています。今大会活躍したトッティやデルピエロらが子供の頃から、当然アズーリはアズーリでした。おそらくサッカー少年だった彼らは代表のユニフォームのデザインに「憧れ」や「夢」を持って見ていたはずです。そして彼らが代表になり、W杯のピッチに立ったとき、それは「誇り」となってプレーを支えていたことでしょう。そして今大会の彼らの活躍を見た子供達に同じように引き継がれていくのです。<br /><br />この先、どこのメーカーがイタリアチームと契約しようとも、この伝統の配色は簡単に変えるべきではないでしょうし、変えようとしてもおそらく許されないでしょう。極端に言えばメーカーに許されるのは、背番号や名前の書体を選ぶことくらいでしょうか。実際に各メーカーは基本的な配色はその国の伝統や国旗にのっとってデザインし、背番号や名前の表示に使う書体はメーカー内で統一する傾向にあるようです。今大会で言えば、ナイキは名前には縦長のゴシック系の書体を使用、背番号は国ごとに2～3種類の書体が使われており、比較的オーソドックスな印象でした。それに対しアディダスは、角の丸いゴシック系のBauhausという有名な書体を使用。ワールドカップ直前の親善試合、日本×ドイツ戦でどちらも同じ書体で名前が書いてあることに気づかれた方もいらっしゃるかもしれません。また、プーマはスポーツのユニフォームでは珍しく小文字で名前を表示して、エッジの処理が特徴的な角張った書体を使っていました。<br /><br />しかしながら、選手やサポーターにとって重要なのは、代表のユニフォームを作っているメーカーがどこかではなく、イタリアがイタリアらしいユニフォームであること、つまり「アズーリ」であることが重要なのです。<br /><br />それだけその色に多くの人の気持ちが乗せられていると言えます。真の意味で、今大会でブランド価値を上げたのは、プーマではなくやはり「イタリア」というチームそのものだったように思います。<br /><br />「ブランディング」といえば、つい「変えること」ばかりに目が向けられがちです。しかし、イタリア代表のユニフォームがそのチームの歴史と伝統を象徴する「色（アズーリ）」という重要な資産を変えず、背番号や名前で使う「書体」で時代にあわせた変化をつけてきたように、「変えるべきもの」と「変えないもの」の見極めこそがブランディングの第一歩であると感じます。<br /><br /><br />今大会のメーカー別契約チーム（参考）<br />
<hr>
●プーマ（12カ国）<br />ポーランド、パラグアイ、コートジボワール、イラン、アンゴラ、イタリア、ガーナ、チェコ、スイス、トーゴ、チュニジア、サウジアラビア<br /><br />●ナイキ（8カ国）<br />オランダ、ポルトガル、メキシコ、米国、ブラジル、クロアチア、豪州、韓国<br /><br />●アディダス（6カ国）<br />ドイツ、トリニダード・トバゴ、アルゼンチン、日本、フランス、スペイン<br /><br />●アンブロ（2カ国）<br />イングランド、スウェーデン<br /><br />●ロット（2カ国）<br />セルビア・モンテネグロ、ウクライナ<br /><br />●その他（2カ国）<br />コスタリカ、エクアドル]]>
        
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    <title>インテル・インサイドストーリー</title>
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    <id>tag:tcd.jp,2006:/html/magazine//6.136</id>

    <published>2006-05-01T12:17:12Z</published>
    <updated>2009-04-23T02:25:19Z</updated>

    <summary><![CDATA[先の2006年1月5日ラスベガスで開催中の2006&nbsp;Internati...]]></summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[先の2006年1月5日ラスベガスで開催中の2006&nbsp;International&nbsp;CES&nbsp;(Consumer<br />Electronics&nbsp;Show) においてIntelの企業ブランド・ロゴマーク及び商品ブランド・ロゴ体系の刷新が発表されたことは耳に新しいと思います。大きな変化は、お馴染みの「intel&nbsp;inside」マークのイメージが企業ブランド・ロゴマークのデザインに昇格した（!?）と感じた方が多いのではないでしょうか。<br /><br />ブランディングの世界的な成功例として、「インテル・インサイド・マーケティングプログラム」が米国のビジネススクールなどのケーススタディとして取り上げられ、日本発のアイデア「インテル入ってる」から始まったことを日本人留学生が知って驚くといったことが報告されていますが、詳細については、サクセス・ストーリーの常で様々な喧伝がなされていました。<br />そこで「なんと！」と言うか、仕掛け人がマイクロソフト・元コーポレートバイスプレジデントの古川享氏であったことが、ご本人の口から紹介されていますので、「<a href="http://spaces.msn.com/furukawablog/" target="_blank">古川 享 ブログ</a>」の<a href="http://spaces.msn.com/furukawablog/Blog/cns!1pmWgsL289nm7Shn7cS0jHzA!3079.entry" target="_blank">1月13日の投稿</a>を参照願います。<br /><br />インテルは今後「intel&nbsp;inside」ロゴの使用をやめるが、インテル製品を使う企業にインセンティブを提供するこの名前を用いた、「インテル・インサイド・マーケティングプログラム」は継続するとしています。単なるデザインイメージだけではなく、販売政策から始まったキャンペーンがブランド戦略、更には企業戦略として取り込まれたといえるでしょう。<br /><br />市場で成功した商品ブランドが企業ブランドに昇格した例は、国内では「ピップフジモト」（藤本株式会社）や「マンダム」（丹頂株式会社）などがありますが、インテルの場合は、単にネーミング、デザインだけではなくマーケティングプログラムの巧妙さとその育て方にあるといえます。筆者は一度PC前面に貼られた「intel&nbsp;inside」シールをそれなりのツールで剥がそうと試みましたが、その接着の強力さにPC本体が傷つく恐れがあり断念した経験があります。単なるシールに見えますがメーカー・ブランド表示と遜色なく固着されていて、執念のようなものさえ感じた次第です。<br /><br />ここで簡単にインテル･ブランドのリニューアルをレビューしてみますと。<br /><br />新しい企業ブランド・ロゴは、1991年に考案された「intel&nbsp;inside」ロゴと、37年前に創業者2人が「integrated&nbsp;electronics」を語源に考案した社名「Intel」とそのロゴデザイン（「e」部分が下がって綴られる特徴を持つために「ドロップ-e」と呼ばれる） を発展させたものだと説明されています。 （図1）<br />また同時に企業スローガンである「インテル。さあ、その先へ。：intel.&nbsp;Leap&nbsp;ahead」も発表され、インテルによると、「世界的ブランド戦略の一環として実施したもので、その目的は市場の開拓を含めたプラットフォーム・ソリューション企業への転換をより明確に示すため」と説明され、新スローガンは「インテルのブランドが約束するもの、またインテルが企業として何を目指し、何を実現するのかを伝えている」と説明されています。<br /><br />
<div align="center">図1　新しいインテルブランド･ロゴの成因　（インテルの説明に基づきTCD作成）<br /><img height="233" src="../../img/0604_img01.jpg" width="400" vspace="5" border="0" /></div><br />同時に発表されたブランド体系は、企業ブランド（Master&nbsp;Brand）を最上位とする3階層からなるもので、こうした体系構造そのものをプレスで公開すること自体が、Pentiumという半導体製品からプラットフォーム・ソリューションへ企業戦略の重心をシフトする姿勢を明確にした戦略的コミュニケーションといえます。<br />Pentiumに代わって登場したプロセッサーコアの Core Dual や Core&nbsp;Solo は、IBM、Sony、東芝陣営から発表されたマルチコア／マルチプロセッサ・アーキテクチャのCellに対抗してネーミングされたという意見もありますが、ブランド体系の中で製品ブランド（Processor&nbsp;Brands）という最下階層に位置づけることで、もはや戦術レベルの競合であるという意思表示も伝わってきます。<br /><br />
<div align="center"><a href="0604_02win.html" target="blank">図2　インテルの新ブランド体系　（インテル社の発表資料より）<br /><span class="sregular">クリックするとより大きな画像が開きます</span><br /><img height="294" src="../../img/0604_img02.jpg" width="400" vspace="5" border="0" /></a></div><br />「インテル･インサイド」マークの歴史をインテル社の資料（図3）から見てみますと1991年の「intel&nbsp;in&nbsp;it&nbsp;：インテル入ってる」から始まったことが分かりますが、「it」が性的な「アレ」「ナニ」という表現にも使われることから、米国で「intel&nbsp;inside」と変更されると同時に丸いストロークの起点･終点も移動しています。<br />これは日本と欧米での「丸を描く」時の違いがそのまま反映したといえるでしょう。<br />グローバル戦略展開に際してメッセージのネガティブ･チェックと象徴記号（OKあるいはGood）の補正が施されたことになります。<br />「intel&nbsp;inside」の文字部分も2002年にPCに加えてサーバー/ワークステーション用への製品ライン拡張時に、それまでの販促用のPOPを連想する手書き風の書体から、より精度を感じさせるものへとブラッシュップされています。<br /><br />
<div align="center"><a href="0604_03win.html "target="blank">図3　インテル･インサイドの歴史<br /><span class="sregular">クリックするとより大きな画像が開きます</span><br /><img height="265" src="../../img/0604_img03.jpg" width="400" vspace="5" border="0" /></a></div><br />「インテル・インサイド・マーケティングプログラム」がB to Bのブランド戦略として特筆すべきことは、B&nbsp;to&nbsp;Cでは一般的であるエンド･ユーザーに、半導体ベンダーでありながら直接働きかけたものであるということです。B&nbsp;to&nbsp;Bにおいてはインセンティブ、&nbsp;(B&nbsp;to&nbsp;)&nbsp;B&nbsp;to&nbsp;Cでの徹底的な訴求とそのフィードバックの2つのフェーズで構成されたブランド価値連鎖を喚起するプログラムといえるでしょう。具体的には、エンドユーザー側がPCメーカーを超えて実装されるCPUが「同じintel&nbsp;insideだから」と囲い込み効果が発揮され、Pentium以降の製品ブランドの導入･認知を容易にし、ブランド拡張効果を持ったということになります。この意味ではマーケティング･キャンペーンのロゴマークでありながら既にマスター･ブランド（企業ブランド）としての重要な機能を獲得していたことになり、「intel&nbsp;inside」マークの基本イメージがインテルの新ブランド･ロゴに継承されたことは、ブランド資産とは何であるかを熟知したデザイン・プログラムといえるでしょう。 <br />]]>
        
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    <title>TCDブランディング・セミナー 「効果的なインナー・ブランディングの進め方」</title>
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    <id>tag:61.58.35.170,2006:/html/magazine//6.63</id>

    <published>2006-04-25T02:20:29Z</published>
    <updated>2009-04-15T05:14:57Z</updated>

    <summary>KOKUYOブランド・リニューアル及びSONYの事例から  詳細...</summary>
    <author>
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        <category term="01_News" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[KOKUYOブランド・リニューアル及びSONYの事例から <br />

<a href="http://tcd.jp/tcd/seminar/index.html" target="_blank">詳細</a>]]>
        
    </content>
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    <title>国語教育からはじめる日本国のブランディング</title>
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    <id>tag:tcd.jp,2006:/html/magazine//6.103</id>

    <published>2006-02-28T09:25:11Z</published>
    <updated>2009-04-20T09:34:44Z</updated>

    <summary>東京への出張の新幹線の車中で、話題のベストセラー『国家の品格』を読んだ。著者は藤...</summary>
    <author>
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        <category term="02_Branding Magazine" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[東京への出張の新幹線の車中で、話題のベストセラー『国家の品格』を読んだ。著者は藤原正彦さん。たいへんおもしろい内容で、あっという間に読み終えてしまった。というより、久しぶりに価値観を揺さぶられた一冊になった。<br /><br />表紙の扉部分に、藤原氏の主張をコンパクトにまとめた文章があるので引用する。<br /><br />
<table cellspacing="1" cellpadding="10" width="100%" bgcolor="#333399" border="0">
<tbody>
<tr>
<td bgcolor="white">
<p>「日本は世界で唯一の『情緒と形の文明』である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき『国柄』を長らく忘れてきた。『論理』と『合理性』頼みの改革では、社会の荒廃を食い止めることはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、『国家の品格』を取り戻すことである。」<br /></p></td></tr></tbody></table><br />
<p></p>これだけ抜き出すと、一面的な国粋主義者の主張のように見えるかもしれないが、全編を通して読めば、実に明快な論旨展開で、主張の正当性・納得性がどんどん高まっていく。また著者の藤原氏は実は数学者で、しかも世界的権威である。日頃論理や合理を徹底的に追求しているはずの数学者からの、情緒や形が大切という主張はそれだけで興味深い。何よりも数学者とは思えぬ文章力には脱帽させられた。蛇足だが、今話題の小説、映画にもなっている『博士の愛した数式』のモデルになったのがこの藤原氏である。<br /><br /><br /><br />実はこの本よりも前に、『祖国は国語』という単行本のほうで藤原氏と出会った。『国家の品格』ほどではないが、この本も結構話題になったのでご存知の方も多いと思う。私自身はこの本のほうにより深い感銘を受けた。とりわけこの中の一章である｢国語教育絶対論｣の主張が強く印象に残る。
<br /><br />
<table cellspacing="1" cellpadding="10" width="100%" bgcolor="#333399" border="0">
<tbody>
<tr>
<td bgcolor="white">
<p>「国家の浮沈は小学校の国語にかかっている」<br /><br />「母国語の語彙は思考であり情緒なのである」<br /><br />「『論理』を育てるには、数学より筋道を立てて表現する技術の習得が大切ということになる。これは国語を通して学ぶのがよい」<br /><br />「脳の九割が利害得失で占められるのはやむを得ないとして、残りの一割の内容で人間のスケールが決まる。ここを美しい情緒で埋めるのである」<br /><br />「小学校における教科書の重要度は、一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、あとは十以下なのである」 <br /></p></td></tr></tbody></table><br />というように藤原節が炸裂している。『声に出して読みたい日本語』の著者である斉藤孝氏が解説を担当しているが、この文頭で「ああ、この人に、文部科学大臣になってもらいたい」と熱望しているくらいである。<br /><br /><br /><br />では、具体的に小学校での国語教育はどうあればよいのか。まずは語彙力をアップさせることとある。日本人の場合は漢字の形と使い方を覚えること。記憶力が最高の小学校の頃に強制的に丸暗記でよいから叩き込む必要があると指摘している。<br /><br />それから読書。高次元の情緒を育むためには、日常生活の体験だけでは決定的に足りない。時空を超えた世界を疑似体験できる読書が重要。しかも読むべき本を読むべき時期に読むというのが大切で、この時期を逸し大人になってからではもう遅いとある。<br /><br />つい先日、中教審から「国語力や理数教育の充実が必要」ということで、これらの授業時間数を増加させるというニュースを耳にした。反復や暗記で基礎的な知識や技能を定着させ、探求的な活動につなげるというのが趣旨のようだ。この間「ゆとり教育」「自主性や創造性」｢個を育てる｣などのスローガンを掲げてきた中教審だが、大きな方向転換である。藤原氏が20年近く主張し続けたことに、ようやく耳を傾けたということだろうか。<br /><br /><br /><br />私事で恐縮だが、今春、娘が小学校へ入学する。私たちの時代は、それこそ反復・暗記漬けの詰め込み教育の真っ只中で、「こんなことをやって意味があるのだろうか」とずっと感じていた。その反発から、自分の子供には暗記物などはさせたくないと考えていたが、その気持ちが大分揺らいできた。この本にインドで優秀なIT技術者が多く育つ理由として、小学校の算数の｢九九｣がインドでは｢十九×十九｣だからだとある。インドでは小学生がこれを至極当たり前にマスターしている。幼少期に身につけた数学の基礎力が高いから、世界的な頭脳を数多く輩出することに結びついているし、日常生活においてもお店でのつり銭の計算もまず間違うことがないそうだ。すでに脳の退化が始まりつつある私には、「十七×十八」のような二桁同士のややこしい暗算なんてとても無理である。<br /><br />以前、同じ保育園に通う教育熱心なお母さんに言われたことがある。｢今の小学校は暗記物とか計算の反復練習などをしなくなっているんですよ。小学校の教育だけで一定水準以上の基礎学力をつけさせるのは絶対無理なんです｣と校外学習の必要性を熱心に語ってくれた。そのご子息は年少さんの頃から公文へ通っている。この時は「やれやれ、今からそんなことしてどうするんだろう」と思っていた。しかし今は「ある程度強制的に親が環境を作ってあげないといけないのかな」とは考えるようになった。これだけでも大進歩である。ただどうしても公文に通わせる気持ちにはなれず、出来るだけ「ためになりそうな本」を買い与えることから始めている。<br /><br /><br /><br />このメルマガは、実はブランディングに関することしか書いてはいけないルールになっている。しかし、今回の原稿は掟やぶりかというと決してそうではない。藤原氏の『国家の品格』『祖国とは国語』を通じての主張は、近年国際的競争力を急速に失いつつある日本国を立て直すには、国語を中心とする基礎的な学力を高めるしかないということである。まさにこれは新しい視座からの国家ブランディングの提言書である。]]>
        
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    <title>『ブランディング』と『売れる店づくり』</title>
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    <published>2006-02-01T12:11:54Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:16:52Z</updated>

    <summary>2月に入って百貨店のデパ地下が戦々恐々としてきました。14日のバレンタインデーに...</summary>
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        <![CDATA[2月に入って百貨店のデパ地下が戦々恐々としてきました。14日のバレンタインデーに向けて、チョコレート商戦が本格化してきています。この時期になると、男はデパ地下にはめったに近づくべきではないものですが、先日、心斎橋や梅田の百貨店をVMDの視点からいろいろ見てきたのでその感想でも。<br />今号では、今年度のバレンタイン総括をお送りいたします。<br /><br />
<div style="TEXT-ALIGN: left">バレンタインデーとは、そもそも大切な人にカードや花束、お菓子を贈るキリスト教の記念日として、欧米でよく知られているもの。1936年にこの話をアメリカの新聞記者から聞いた神戸の洋菓子メーカー「モロゾフ」のオーナー葛野友太郎さんが、その年の英字新聞『ジャパンアドバタイザー』に、「バレンタインデーにはファンシーチョコレートを」と記した広告を掲載したのがきっかけだそう。今年のモロゾフのバレンタインは「THE 70TH ANNIVERSARY OF MOROZOFF INTRODUCING VALENTINE'S DAY TO JAPAN」をキーワードに展開しています。<br />当時は、高級品で売れなかったチョコレートも、昭和50年代には爆発的に売れ始め、昨今は不況と言われて久しいものの、日本一の売り上げを誇る阪急百貨店梅田本店では、昨年の売り上げは前年比約127％増の約5億7200万円。今年は6億円を見込んでいるそうです。</div><br /><br />2月も2週目になると、関西では阪急、阪神、そごう、大丸などが特設会場を設け、売り場が戦場と化していくのですが、各百貨店で視覚的アプローチ、ゾーニングにそれぞれ工夫がみられて非常に興味深かったです。<br />阪急百貨店は、「バレンタインチョコレート博覧会」と称した約60ブランドを集めた日本最大級のスケールの特設とは別に、1階では「うわさのチョコレートたち」という会場を人通りの多いメインゾーンに設け、黒を基調としたブースとショーケースを配置して、チョコレート、フレグランスやネクタイなどをそれぞれ2冊のCDサイズのヴィジュアルブックで空間と統一した、モノトーンでさりげなく大人のカジュアル感を演出していました。<br />心斎橋そごうは、広い売場面積を活かし、たくさんのハートのオブジェを飾った木の下で、男性へのプレゼントを手に持った真っ赤なトルソーが、地下鉄からデパ地下へと分かりやすくアプローチしていました。また、「愛と勇気と冒険のバレンタイン」というキャッチフレーズのもと、デパ地下を「愛」「勇気」「冒険」のキーワードでターゲットを明確に分けたゾーニングが強く印象に残りました。<br />心斎橋大丸の１階ではアルマーニなどのブランドやショコラティエの商品の販売のみでしたが、後日開催された特設の出展ブランドのチョコレートがショーケースにディスプレイされ、上階の特設会場へアプローチするための装置と位置づけているようでした。<br />百貨店に入る洋菓子ブランドにも、VMDに対する新しい取り組みを感じました。ハービスOSAKAのGODIVAは旬を演出したウィンドウ、ショップ全体をキューブ型のディスプレイと見立てた魅力あるデザインに好感が持てましたし、心斎橋そごうのC3(シーキューブ)のガラスでもアクリルでもないような新素材で浮遊感を演出したケースデザイン、MALEBRANCHEの見やすくかっこいいショーケースとレイアウト、そして、HENRI CHARPENTERのルーツをブランドイメージとして定着させるための魅力的なブランドブックなど、時代をリードしているブランドの"攻めの姿勢"を見て感じ取ることができました。また同時に、もうあるべきポイントに売れる商品や売るべき商品を置くだけのVMDは時代遅れで、最先端のCMづくりのように、感覚的に人がブランドイメージを捉えられるデザインによるブランド訴求の大切さを感じました。<br /><br />今回の視察を通じて、百貨店も各ブランドも、リニューアルなど魅力ある売り場づくりを絶えず続けていかなければ、建物やディスプレイは老朽化、陳腐化し、また空間が新しくても企画がおもしろくなければ、魅力を維持することはできないと明確に感じました。<br />ハイグレードでもロープライスでも、ブランドの魅力についてもう一度考え直し、カスタマーだけでなく、インナーのモチベーションも高められるようなブランドのリニューアルに踏み切るべき時が来ているのではないでしょうか？絶えずブランドとしての新しくあるべき姿を求め続ける企業努力がリニューアルの根底にあり続けてほしいと思う今日この頃です。<br />]]>
        
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    <title>中内功さんのこと、ダイエーの行く末</title>
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    <published>2005-12-01T12:10:00Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:11:38Z</updated>

    <summary>9月だったか、ダイエーの創業者である中内功さんが亡くなられたことは、恐らく多くの...</summary>
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        <![CDATA[<p>9月だったか、ダイエーの創業者である中内功さんが亡くなられたことは、恐らく多くの方々と同様に、私個人にとっても、ひとつの時代が終わったという感慨をもたらした。というのも、私は社会人としてのスタートをある広告会社で迎えたのだが、その際のクライアントがダイエーであったのだ。私の生まれた3年後に大阪は千林で産声を上げたダイエーは、当時日の出の勢いで小売業初めての売り上げ1兆円を突破し、ローソンやカード事業あるいは外食、スポーツなど「生活に無くてはならない産業を目指す」として、生活文化総合産業へと猛然たる勢いで突進していた。その当時「一兆、吉兆、もう一丁」と題されたセールス・キャンペーンが張られたことを記憶しているが、この少しばかり無神経な、けたたましいタイトルに往時の関係者や周辺にいた我々の雰囲気が出ていると思われる。<br /><br />　中内さんとはプレゼンテーションで二度ほどお目にかかったことがある。CVS事業のプレゼンテーションだった。当時ダイエーの本部は江坂にあって、普段と違って最上階の役員フロアでエレベータを降りると、赤い絨毯の両方で4、5人の秘書に出迎えられたことを思い出す。まだ入社3、4年目だった私は末席に座り、担当したコンビニの来店客調査パートの結果報告をした。中内さんは何時も好んでフィッシング・ベストを着用されていたのだが、その胸のところに色々な色のマーカーを何本も差し込んでおられ、熱心に私の報告を聞きながら、何色かのマーカーを使い分けてアンダーラインを入れておられた。既に伝説化していた偉大な経営者が私のような若造の報告をこんなに熱心に聞いておられることに、私はいささか感動していた。報告が終わるや否や、中内さんが質問をして来た。「あんたはこう言うたが、それは○○の間違いとちゃうか」恐らく利益に関する議論だったと思うが、営業利益と経常利益の区別もまだつかなかった私は、いっぺんにしどろもどろになってしまった。その日の中内さんはとても上機嫌で、「時間ができると、デパ地下（当時そうは言わなかったと思うが）を散策するのが楽しみなんですわ。世の中の動きが良くわかるよ」などと話しておられた。<br /><br />　その後私は今の会社に転職し、ダイエーとの関係は希薄になった。ダイエーはいわゆる福岡事業などでコングロマリットとしてのピークを迎えるが、その後求心力を失い、産業再生機構の支援を受けるに至る。この間中内さんが世間の話題に上ったのは、震災を受けた神戸の町の復興に尽力されている姿だけだった。<br /><br />　ダイエーは再生機構の手によって、事業を分割、売却され、食品スーパーを中核とした事業体として生まれ変わろうとしている。それとともにブランディングも刷新された。CEOである林文子さんは、「"主婦の店ダイエー"の原点に戻るべきである」とのメッセージを出しておられる。新しいブランドマークが決まり、メッセージも「ごはんがおいしくなるスーパー」となった。このメッセージを聞いたときには、文字通り腰から力が抜けていくのを感じた。我々が「半月弁当」と呼んでいたレイ吉村さん作の禁欲的なCIシンボルは、中内さんのお気に入りのデザインであり、日本のCI史上不朽の名作と思うが、このシンボルも次々に看板から下ろされていくだろう。<br /><br />　大げさかもしれないが、自分が生きてきた時代が矮小化されていくようで、ちょっと複雑な気持ちだ。ご冥福をお祈りいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
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    <title>歌うアイスクリームショップ</title>
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    <published>2005-12-01T12:07:24Z</published>
    <updated>2009-04-20T12:09:40Z</updated>

    <summary>寒空の下、どこからともなく歌声が聞こえてきました。聞こえてくるのはどうも目の前の...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tcd.jp/html/magazine/">
        <![CDATA[寒空の下、どこからともなく歌声が聞こえてきました。聞こえてくるのはどうも目の前のアイスクリーム店から。ここからは、透明のショーケースに入ったおいしそうなアイスクリームとカウンターに並んだトッピングのフルーツやナッツ、チョコレートが見えます。そして、その後ろには横長の冷えた石板。そこで、数人のスタッフがアイスクリームとトッピングをリズムにのって混ぜ合わせながら、楽しそうに歌っているようです。<br /><br /><br />ここは、先月、アメリカから上陸したアイスクリームショップ「コールド・ストーン・クリーマリー」。1988年にアメリカで生まれたこのアイスクリームチェーン店は、2005年には世界1100店舗まで拡大し、11月にアジア第一号店として東京・六本木ヒルズに進出しました。開店した際に、行列ができている様子をニュースなどでご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、私も先日、遅ればせながら体験して参りました。驚いたのは待ち列の長さ。開店から１ヶ月以上経過した現在でも、1時間程度待たされるほどの人気店です。<br /><br />味だけなら、定評のあるハーゲンダッツに行けばすみますが、この店が多くの人を集める魅力はそのサービス。スタッフが歌を歌いながら、客のオーダーに合わせて多様なトッピングを混ぜ合わせてアイスクリームを目の前で「創り出して」くれます。できあがったアイスクリームを「クリエーション（創造物）」と呼んでいるように、単にアイスクリームを販売しているのではなく、最高の「クリーマリー体験」をお届けするという姿勢が徹底されています。<br /><br />「クリエーション」のボリュームもアメリカンサイズを少し小さくしたくらいで、持ってみるとズッシリと重みがあります。商品名も「モンキー・バイツ」や「アイランド・ライフ」といったようにストレートすぎないものが使用されており、興味をかき立てられます。ワッフルコーンももちろん店内で焼き立て。トッピングの種類もキットカットやスポンジケーキからいちごやバナナまで圧倒的なバリエーションが用意されています。御影石の上でオーダーに合わせてリズミカルにトッピングとアイスクリームを混ぜ合わせたり、スタッフが歌を歌いながら作業を行なったりと、非常に高度なホスピタリティとエンターテイメントがそこでは展開されているのです。<br /><br />さて、フードショップの選択において、消費者は「経験」を重視する傾向が強く、ニューカマーへトライアルさせるだけの｢エビデンス=証拠｣をしっかりと示す必要があります。このコールド・ストーン・クリーマリーに関しては、六本木ヒルズという地の利に加え、アイスクリームという昔からある食材に付随するサービスを、これまでになく「可視化」したことが現在の人気の要因であると言えるでしょう。味や価格での明確な差別化が難しい現在、最高のクオリティは追求しながらも、トータルな購買体験で勝負をかけた最初のアイスクリーム店ではないでしょうか。私自身、列に並んでいる間、スタッフが歌いながらアイスクリームを創る姿を見ようとお客さんが背伸びをしている姿や、必要以上にトッピングを注文してしまいアイスクリームを食べるのに四苦八苦している様子を何度も見かけました。お客さん側に自然と最高の「観客」を演じさせてしまうだけのパワーがあるのです。<br /><br />外資系の飲食店といえば、数年前のスターバックスの急速な店舗展開を思い起こす方も多いと思いますが、スターバックスのように「暖かさの提供」という日本文化と当初から相容れそうな業態ではなく、スタッフが歌いながらボリュームのあるアイスクリームを混ぜて提供するというアメリカ文化をしっかり継承しているコールド・ストーン・クリーマリー。六本木ヒルズというフードショップの激戦区から、どこまでこの人気を発展させることができるのか気になって仕方ありません。<br /><br />コールド・ストーン・クリーマリー<br /><a href="http://www.coldstonecreamery.co.jp/" target="_blank">http://www.coldstonecreamery.co.jp/</a>]]>
        
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