2026.06.03

インナーブランディング実践編④
行動規範とは何か?─平均値のデザイン

川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター



■TCDが考えるインナーブランディング


TCDでは、インナーブランディングを「企業ブランド戦略を組織内部へ浸透させ、社員一人ひとりの行動とブランド価値を一致させる活動」と定義しています。

単なる理念共有ではなく、MVV、組織文化、コミュニケーション、日常行動までを一貫して設計することで、企業が持続的に選ばれる状態を構築します。

以前、企業文化は「言葉」ではなく「体験」から生まれるという話をしました。では、その体験をどう設計するか。今回はそこに踏み込みます。

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「企業文化」は言葉ではなく体験

1. 「できる/できない」を個人の問題にしてはいけない

「同じ会社なのに、人によって対応が違う」 「担当者が変わると、アウトプットの質が落ちる」 「優秀な社員に仕事が集中してしまう」

こうした悩みを、多くの組織は個人の「意識」や「やる気」の問題として片付けてしまいがちです。しかしそのアプローチでは、組織はいつまでも属人的なままです。

問題は個人の資質ではなく、行動の「平均値」が設計されていないことにあります。

ここで言う行動の「平均値」とは何か。組織が提供するブランド品質は、トップ人材の突出したパフォーマンスのことではなく、全員の行動の水準が平均してどのくらいかという尺度で決まります。

どんな企業でも「パフォーマンスの高い人」と「低い人」は存在します。そのばらつきが大きいほど、顧客体験にばらつきが生まれます。「◯◯さんなら安心だ」という状態は、裏を返せば「◯◯さん以外は不安だ」ということでもある。それはブランドではなく、個人に依存している状態です。

「◯◯さんなら安心」から「この会社なら安心」へ。この変換こそが、組織がブランドとして成立するための基礎的な要件になります。そしてその変換は、優秀な人材を採用するだけでは達成できません。行動の平均値を構造的に引き上げるデザインによってしか実現できないのです。



2.「平均値」の管理── 3つのモデルから考える

行動の平均値を組織的に管理しようとした試みは、企業の歴史の中でさまざまな形で現れてきました。3つのモデルを時系列で見ていきます。


●手順の標準化──マクドナルドのマニュアル

かつてのマクドナルドが取り組んだのは、作業手順の極限までの細分化とマニュアル化でした。ハンバーガーの組み立て方、ポテトフライを揚げる時間、接客時の言葉遣い。すべてをマニュアルに落とし込むことで、世界中どこの店舗でも同じ商品・同じサービスが提供できる仕組みを作りました。

これは、行動の「平均値」を上げる初期のアプローチとして、歴史的な革新でした。品質の安定と大規模展開を同時に実現したその仕組みは、多くの業界のモデルになりました。

しかし、マニュアルには本質的な限界があります。マニュアルは「手順」を規定するが、「判断」は規定できないのです。想定外の場面が来たとき、マニュアルに書かれていない問題に直面したとき、人は止まってしまいます。マニュアルが強すぎると、マニュアル通りにしか動けないのです。

顧客のクレームに柔軟に対応できない。状況を読んで行動を変えられない。強固なマニュアル化は、サービスの均質化と引き換えに、現場の判断力を奪ってしまいました。


●判断基準の共有──ディズニーランドのクルー

ディズニーランドのクルーは、マニュアルで動いているわけではありません。彼らが持っているのは「The Five Keys(5つの鍵)」と呼ばれる優先順位です。安全・礼儀正しさ・インクルージョン・ショー・効率、この5つが常に明確に順序付けられており、クルーはどんな場面でもこの優先順位から判断します。

例えば、ゲストの子どもが転んで泣いているとき。「ショーを維持する」よりも「礼儀正しく対応する」が優先されます。マニュアルに書いていなくても、判断の方向性が共有されているから、誰でも同じ方向の行動が取れるのです。

この仕組みが優れているのは、マニュアルにない場面でも機能する点です。ディズニーランドの現場では、毎日無数の想定外な事件が起きています。その中でクルーは「どう感じてほしいか」という思想を軸に自律的に判断します。手順の標準化から、判断基準の共有へ。これは一段上のアプローチです。

参考)
行動規準「The Five Keys~5つの鍵~」


●思想が行動を生む──スターバックスの顧客体験

スターバックスが提供しているのは、コーヒーだけではありません。「サードプレイス(家でも職場でもない、第三の居場所)」という思想がすべての行動の根底にあります。

バリスタがお客さんの名前を呼ぶ。会話を交わす。常連客の好みを覚える。これらはマニュアルで規定されているわけではありません。「人との繋がりを大切にする」という思想が社員に深く浸透しているから、各自が自然にそうした行動を取るのです。

判断基準の共有より、さらに深いところにある思想が行動を生む段階です。BtoCビジネスにおける行動管理は、ここまで到達しています。


この3つのモデルの変遷を整理すると、次のような進化を読み解くことができます。

 How:手順を揃える(マクドナルド)
 What :判断基準を揃える(ディズニー)
 Why:思想を浸透させる(スターバックス)

いずれも行動の「平均値」を上げるという目的は同じです。しかし、その深度がまったく異なります。



3.BtoB企業の行動設計、何をすべきか

では、これをBtoB企業に置き換えたとき、何が必要か。

BtoBの現場はマクドナルドの調理工程とは根本的に違います。顧客の課題は多様で、商談の展開は読めず、マニュアル通りにいく場面の方がむしろ少ない。だからこそ、手順の標準化には限界があります。必要なのは、ディズニーランドやスターバックスが実践している「深度」です。

具体的な設計のステップを整理します。


●まず「良い行動・NG行動」を棚卸しする
トップ人材が自然にやっていることを言語化する作業です。彼らが「当たり前」にやっていることの多くは、実は組織全体には伝わっていない暗黙知です。それを観察とヒアリングで言葉にする。良い行動だけでなく「ブランドを壊す行動」も明示することが重要です。NG行動の明文化は、特に現場に浸透しやすい指針になります。


●次に「トレードオフ」を明文化する
「品質のためなら納期を交渉する」「スピードのためにどこまで丁寧さを省略できるか」──こうした痛みを伴う選択基準がなければ、どんなに美しい行動規範を作っても現場では使えません。ディズニーの「安全が礼儀正しさより優先される」という明確な順序づけこそが、現場の判断を支える基準になります。


●そして「迷う場面」を起点に翻訳する
平時のスローガンではなく、有事のコンパスを渡す。クレーム対応、納期の遅延、顧客との板挟みといった局面で、「この会社ではどう動くべきか」が言語化されていれば、新人でも、キャリア採用の社員でも、同じ方向の判断ができます。「研修で渡す言葉」ではなく「迷った瞬間に頭に浮かぶ言葉」を目指す。それが行動規範の本来の役割です。



まとめ

強いブランドは例外なく、行動の「平均値」を意図的に設計しています。

マクドナルドは手順で揃え、ディズニーは判断基準で揃え、スターバックスは思想で揃えました。アプローチは違えど、「誰がやっても一定以上の体験が提供される」という再現性を追求した点は共通しています。

思想(パーパス・MVV)が「何を大切にするか」を定めるとすれば、行動設計はそれを「現場でどう動くか」に変換するプロセスです。この橋渡しがなければ、思想は神棚に飾られたままです。

「◯◯さんなら安心」から「この会社なら安心」へ。その変換は、設計によってつくられます。



今回は、平均値をデザインするという視点で「行動規範」を捉えてみました。

TCDは「ブランド戦略 × 組織変革 × デザイン統合」と、ブランド戦略起点のインナーブランディング会社として、社員さまの行動変化につながる施策を推進いたします。


[筆者プロフィール]

川内 祥克

株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

企業ブランド、事業ブランドやサービス・ブランドの立ち上げ、プロモーション業務に従事。『ブランドのウェブ活用』などのセミナーも開催。

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