2026.10.06
企業ブランディング、はじめの一歩
田中 恵子 株式会社TCD クリエイティブディレクター
この記事の定義
企業ブランディングの始め方とは、施策や成果物を先に決めるのではなく、取り組む目的、解決したい課題、関係者の認識、プロジェクトの範囲を整理することです。
企業ブランディングとの関係:企業ブランディングは、企業として何を大切にし、どのような価値を提供する存在なのかを明確にし、経営、事業、組織、コミュニケーションへ反映していく取り組みです。
社内合意との関係:同じ「ブランディング」という言葉を使っていても、関係者によって期待するゴールや成果の捉え方は異なる場合があります。まずは、その違いを確認し、共通の前提をつくることが重要です。
「企業ブランディングに取り組みたい。でも、どこから始めればいいのかわからない」
経営企画や広報、ブランド推進を担当されている方から、このようなご相談をいただくことがあります。
企業理念を見直すのか。ブランドコンセプトをつくるのか。Webサイトや会社案内を刷新するのか。それとも、社内への浸透から始めるのか。
企業ブランディングには、さまざまな取り組みがあります。選択肢が多い分、最初から「何をするか」を決めようとすると、かえって答えが見つからなくなることがあります。
では、企業ブランディングを始めるとき、最初に何を整理すればよいのでしょうか。
さらに、担当者が必要性を感じていても、経営層や関係部門の理解を得られず、なかなか話が前に進まないことも。どこから手をつけようかと思案するうちに、時間だけが過ぎていく。困りますね。
目的、体制、施策、成果物まで一度に決めようとすると、周囲の理解を得ることも、関係者の足並みをそろえることも難しくなります。
今回は、企業ブランディングを始めたいのに、なかなか踏み出せない方に向けて、プロジェクトを動かす前に考えておきたいことを整理してみたいと思います。
そもそも、なぜブランディングに取り組むのか
まずは目的を明確にする
企業ブランディングを始める際、最初に考えたいのは、「なぜ取り組むのか」です。たとえば、企業ブランディングを検討する背景には、次のようなきっかけがあります。
- ● 企業の認知度やイメージを高めたい
- ● 競合との違いを明確にしたい
- ● 企業理念や今後の方向性を整理したい
- ● 社員の意識や組織の一体感を高めたい
- ● 採用力を強化したい
- ● 事業の変化に合わせて、企業の見せ方を見直したい
- ● 周年や社長交代を機に、次の時代へ向けた姿を示したい
どれも企業ブランディングに取り組む理由になり得ます。
ただし、「ブランディングをすれば、こうした課題をすべて解決できる」というわけではありません。
企業理念や今後の方向性を整理するためには、まず中期経営計画から手をつける必要があるかもしれません。採用が課題であれば、採用条件や選考プロセスの見直しが先かもしれません。組織の一体感がないのであれば、制度やマネジメントに原因がある可能性もあります。
まずは、現在どのような問題が起きているのか。その問題を生み出している原因は何か。企業ブランディングによって、何を目指したいのか、どのようなことを解決したいのかを整理することが重要です。
「ブランディングをすること」を目的にせず、経営や事業、組織の課題から考えてみる。
少し遠回りに見えますが、ここが最初の分かれ道です。
それは本当に同じ「ブランディング」?
まずは認識の違いを見える化する
企業ブランディングの検討が進まない理由の一つに、関係者が同じ言葉を使いながら、異なるゴールを思い描いていることがあります。
経営層は、企業価値の向上や事業の変革を期待している。
広報部門は、認知度の向上や情報発信の強化を考えている。
人事部門は、エンゲージメント向上や採用力強化への効果を期待している。
営業部門は、顧客に自社の強みを伝えやすくすることを求めている。
また、Webサイトや会社案内など、社外への見せ方を整える取り組みとして捉えている人もいるでしょう。
どれも、企業ブランディングと関係するテーマです。
しかし、目指すゴールや成果の測り方が違えば、それぞれが異なるルールのゲームを進めようとしているようなものです。これでは、議論が噛み合わないのも無理はありません。
何を優先するのか。どこまで取り組むのか。成果をどのように判断するのか。その前提を共有しなければ、プロジェクトの範囲も進め方も定まりません。会議では同じ「ブランディング」という言葉を使っているのに、話がなぜか噛み合わない。そのようなときは、それぞれが何を期待しているのかを、いったん言葉にしてみることをお勧めします。
企業ブランディングを始める前に確認したい3つのこと
社内の理解をそろえる・最初から全員の意見が一致しなくても大丈夫
社内の理解をそろえるといっても、全員に同じ意見を持ってもらう必要はありません。
検討の初期段階では、意見が違っていることも自然です。大切なのは、何について認識が一致し、どこに違いがあるのかを見えるようにすることです。
たとえば、次のようなテーマについて意見を持ち寄ってみます。
- ● 自社は現在、顧客や社会からどのように見られていると思うか
- ● 自社が選ばれている理由は何か
- ● これから、どのような企業として認識されたいか
- ● 現在の企業理念は、将来の方向性を十分に示しているか
- ● 社員は、自社の強みや大切にしていることを説明できるか
- ● 企業ブランディングによって、何を変えたいか
- ● 今、この取り組みを始める必要があるか
こうしたテーマで意見を持ち寄ると、社内で共通して感じている課題と、立場によって異なる見方が見えてきます。
答えをそろえる前に、前提を確認する。
それだけでも、企業ブランディングの議論は少し進めやすくなります。
経営層と目的を共有する
企業ブランディングは、広報やマーケティング部門だけで完結する取り組みではありません。企業として何を大切にし、どの方向へ進むのかを扱うため、経営層との認識共有が欠かせません。
予算面の承認だけでなく、なぜ今取り組むのか、どのような課題を解決したいのか、どのような状態を目指すのかを共有しておくことが大切です。
また、誰が意思決定し、誰がプロジェクトを推進するのかをあらかじめ確認しておくことで、その後の進行もスムーズになります。
社内で進めるか、外部へ相談するか考える
企業ブランディングは、社内だけで進めることも可能です。自社の事業や強みを深く理解していることは、大きな財産になります。
一方で、自社のことは、よく知っているからこそ見えにくいものもあります。また、社内の調整は社内の人間だけではやりにくい、という側面も。社内では当たり前になっている強みを客観的に整理したり、部門ごとの認識の違いを整理したりするには、外部の視点が役立つ場合があります。
外部へ相談する際には、最初から成果物や依頼内容をすべて決める必要はありません。現在感じている課題や背景を共有し、何から取り組むべきかを一緒に整理することもできます。
どこまで取り組むかを決める
取り組む範囲を整理する
社内の理解が得られたら、どこまで取り組むかを決めていきましょう。
企業ブランディングには、さまざまな活動が含まれます。
- ● 企業理念やパーパス、MVVの整理
- ● ブランドコンセプトや提供価値の策定
- ● 社名やロゴ、ブランドメッセージ、デザインシステムの開発
- ● Webサイト、会社案内、営業資料、採用ツールなどの刷新
- ● 社員への共有、研修、ワークショップ、行動指針の策定
- ● 社内外でブランドを継続的に運用する仕組みづくり
これらをすべて一度に行う必要はありません。
現在の課題に対して、今回どこまで取り組むのか。短期的に実施することと、中長期で進めることをどう分けるのか。
取り組む範囲を決めることで、必要な期間、予算、体制、外部への依頼内容も見えやすくなります。
最初から完璧な計画を立てる必要はありませんが、少なくとも「今回は何を決めるプロジェクトなのか」は、関係者で共有しておきたいところです。
もし、社内の足並みがそろわないときは
ブランディングの理解を確認しよう
ここまでの内容を話し合おうとしても、そもそもブランディングに対する理解が人によって異なり、議論が進まないことがあります。
「ブランディングは広告や広報のことではないのか」
「Webサイトを変える必要があるのか」
「自分たちの部署に関係する話なのか」
「すぐに売上へつながるのか」
ブランディングという言葉は広く知られるようになりましたが、その意味や範囲は、意外と共有されていません。
専門用語も多く、何となく難しそうに感じられる分野でもあります。
そんなときは、まず社内でブランディングについて知り、考える機会を設けてみるのも一つの方法です。
勉強会やワークショップから始める方法もある
ブランディングについて学ぶ方法は、以前よりずっと増えました。
本を読む。セミナーや研修に参加する。動画を見る。最近であれば、AIに質問してみることもできます。個人で知識を得るだけなら、選択肢には困らない時代です。
一方で、企業としてブランディングを進めるためには、関係者が同じ情報に触れ、自社について一緒に考える機会が必要になります。
その方法の一つが、社内向けのブランディング勉強会です。
勉強会では、たとえば次のような内容を扱います。
- ● そもそもブランドとは何か
- ● ブランディングとはどのような活動か
- ● 広告、広報、マーケティング、デザインとどう関係するか
- ● 企業ブランディングは経営や事業にどう影響するか
- ● なぜ社員や各部門の関与が必要なのか
- ● 自社にとって、どのような課題が考えられるか
知識を聞くだけでなく、自社に引き寄せて考えるワークショップを組み合わせる方法もあります。
自社が顧客からどのように見られているか。なぜ選ばれているのか。ブランディングによって何を変えたいのか。こうした問いを参加者同士で考えることで、それぞれの認識の違いや共通する課題が見えてきます。
勉強会で基本的な知識を共有し、その後のワークショップで自社に引き寄せて考える。理解と対話を行き来することで、プロジェクトを始めるための土台をつくることができます。
はじめの一歩は、小さくて良い
企業ブランディングというと、まったく新しい理念をつくらなければならないように感じるかもしれません。
しかし、最初に必要なのは、パーパスでも、新しいロゴでも、立派なブランドブックでもありません。
まずは、なぜ取り組むのか。どのような課題を解決したいのか。誰と、どのように進めるのか。そして、自社にとって本当に必要な取り組みなのかを考えることです。
すでにある理念や企業の強みを見つめ直すことで、あらためて言葉をつくる必要がないと分かることもあります。反対に、今の言葉では将来の方向性を十分に示せていないと気づくこともあるでしょう。
検討を始める段階では、目的が十分に整理されていなかったり、社内にさまざまな意見があったりすることもあります。
何が分かっていて、何が分かっていないのか。
どこまで認識が一致し、どこから見方が異なっているのか。
それを明らかにすること自体が、企業ブランディングの大切な準備になります。「何をするか」を急いで決める前に、まずは関係者で同じ問いを囲んでみる。
企業ブランディングのはじめの一歩、そこから始めてみてはいかがでしょうか。