2026.07.29
ブランドアセット(DBA)とは何か? ~記憶され、識別されるブランド資産のつくり方
川内 祥克 株式会社TCD 取締役副社長 クリエイティブディレクター

この記事の定義
ブランドアセット(DBA)とは:
DBAとは、ブランド名を明示しなくても、顧客が特定のブランドを想起・識別できるほど、記憶の中でブランドと強く結びついた独自の識別資産です。色、ロゴ、書体、形状、キャラクター、音、コピー、表現スタイルなどはDBAの候補となり、十分な認知度(Fame)と独自性(Uniqueness)を獲得したときにブランド資産として機能します。
ブランド戦略との関係:
DBAは、ブランド戦略で定めた価値やポジションを、顧客が瞬時に識別・想起できる記憶の手がかりへ変換し、継続的に蓄積するブランド資産です。候補となる要素を作るだけでなく、認知度(Fame)と独自性(Uniqueness)を測定し、育てる資産を選び、一貫して運用するところまでを含みます。
CI・VIとの違い:
CI・VIは、企業やブランドの理念・個性を言語や視覚表現として設計し、運用ルールを定める体系です。DBAは、それらの表現要素が実際に顧客の記憶へ蓄積され、特定ブランドだけを想起させる資産になっているかを測定・評価する考え方です。
1.「記憶資産」としてのブランド
「機能的価値では差別化できない。だから情緒的価値で戦おう」。ブランディングの現場では、長らくこの文脈で語られてきました。製品の品質差は縮まり、機能はすぐにキャッチアップされる。だから顧客との感情的なつながりをつくり、共感や愛着を生み出すことが重要だと。
もちろん、この考え方が間違っているわけではありません。ただし、近年その前提を違う角度から見直す動きが出てきています。
アデレード大学のEhrenberg-Bass Instituteやジェニー・ロマニウク教授らが重視しているのは、「どう情緒的価値をつくるか」ではありません。むしろ問われているのは、
- 「どう記憶されるか」
- 「どう識別されるか」
- 「どう想起されるか」
ということです。その中心にある概念が、DBA(Distinctive Brand Assets:独自のブランド資産)です。
2. DBAとは何か?
DBAとは、顧客がブランドを識別・認知するための要素全てを指します。『ブランディングの科学』の著者でもあるロマニウク教授は、DBAを「記憶の手がかり」として定義しました。

たとえば、コカ・コーラの赤、マクドナルドの黄色いM、Appleのリンゴマーク。これらは単なるデザイン要素ではありません。またロゴの他にも、色、書体、パッケージ、商品形状、キャラクター、音、コピー、店舗空間、広告表現・スタイルなど、顧客が見た瞬間に「これはあのブランドだ」と認識できる要素全てがブランド資産です。
ブランドはどれだけ優れたコンセプトや世界観があっても、深く理解される前に、まず識別されなければなりません。顧客がそれを思い出せなければ、選択肢にすら入りません。DBAは、その入口を担うだけでなく、ブランドの記憶を蓄積していく役割も果たします。
さて、ここで一つ気づくことがあります。これはまったく新しい考え方ではないということです。むしろ、ブランディングの前身であるC.I.(Corporate Identity)やV.I.(Visual Identity)が大切にしてきた考え方です。
ブランドの原点は「印」です。DBAの再評価は原点回帰とも取れます。しかし、CI/VIとDBAのコンセプトには大きな違いがあります。その背景にあるのが、客観的なデータや購買行動の分析を重視するエビデンス・ベースド・マーケティング(EBM)の発展です。その違いについて、さらに詳しく見ていきましょう。
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3. エビデンス・ベースド・マーケティングが示す、DBAの重要性
これまでのブランド論では、「ブランドは顧客との感情的なつながりである」という考え方が強く語られてきました。共感、愛着、ロイヤルティ、パーパス。こうした概念が重視されてきたのです。
しかし、世界中の購買データを分析する中で、研究者たちはある別の現実に着目しました。
- 「多くの消費者は、ブランドをそれほど深く愛していない」
実際の購買行動を見ると、消費者は毎回ブランドの思想や世界観を比較検討しているわけではありません。むしろ「思い出した」「見つけた」「なんとなく手に取った」というケースが非常に多い。
つまり、ブランドが成長するための大前提は「好きになってもらうこと」以前に、そもそも「思い出してもらうこと」にあるのではないか、という着眼点です。
- ●心理的可用性(メンタル・アベイラビリティ):
購買の場面で、いかにそのブランドが頭に浮かびやすい状態であるか。この想起を支え、強化するのがDBAです。 - ●物理的可用性(フィジカル・アベイラビリティ):
買いたいと思った時に、すぐに買える状態(お店にある、ECで見つけられる、すぐに購入できるなど)であるか。
ロマニウク教授がDBAを「記憶の手がかり」と呼ぶのは、この心理的可用性を支える役割を持つからです。「思い出すこと」と「買えること」。この二つが揃って初めてブランドは成長するという、至極真っ当な答えにEBMは行き着きました。
4. ほとんどの顧客は、ライトユーザーである
ここまで、EBMが明かした「メンタル・アベイラビリティ(思い出しやすさ)」の重要性と、それを支えるDBA(独自のブランド資産)の役割を見てきました。
では、なぜそこまで「思い出しやすさ」や「識別しやすさ」が重要なのでしょうか。その理由は、EBMが導き出したもう一つの事実にあります。
- ブランドの売上を支えているのは、熱狂的なロイヤル顧客だけではなく、
年に1〜2回しか購入しない無数のライトユーザーである。
これまでのブランディングは、コアなファンに「深く愛され、何度もリピートしてもらうこと」を狙って、ブランドの思想や一貫性を整える傾向にありました。いわば「らしさの設計論」です。
しかし現実のデータが示すのは、大半の顧客はブランドに強い愛着など抱いておらず、ただ「売り場で目に入ったから」「なんとなく思い出したから」という理由でライトに購買しているという姿でした。
ここで、DBAの役割が変わります。
コアなファンであれば、ロゴや色が変わっても探して探して買ってくれるかもしれません。しかし、ブランドへの関心が薄い「ライトユーザー」は、見つけられなければ1秒で諦めて競合に流れます。彼らの頼みの綱は、顧客の頭の中に辛うじて残っている「記憶の手がかり(DBA)」だけなのです。
これまでのブランディングは、CI/VIも含めて「ブランドをどう表現するか」という「設計」だったのに対し、EBMは「測定」という科学の視点をブランディングに持ち込みました。
ライトユーザーの頼りない記憶のネットワークに、自社のDBAがどれだけ「スコアとして蓄積されているか」、それを数値化しブランド資産を見極める、ブランディングはそうした認知科学の領域へと移行していると言えます。
5. DBAを実践する3つのステップ
DBAの実践は、突き詰めれば3つのステップに整理できます。「棚卸しする」「測る」「絞って使い続ける」。
ステップ1:ブランド資産を棚卸しする
まず、自社ブランドを識別させている(かもしれない)要素をすべて書き出します。ロゴ、コーポレートカラー、書体、キャラクター、タグライン、パッケージ、商品形状、サウンドロゴ、広告表現の型。重要なのは、この段階では「正しいかどうか」を判断しないことです。顧客が思い出す可能性のあるものを、漏れなく候補として洗い出します。 ここで注意したいのは、社内の思い入れと、顧客の記憶はまったくの別物だということです。「うちと言えばこの色」と社内で信じられていても、顧客の頭の中では競合と混ざっているかもしれません。だからこそ、次のステップが必要になります。
ステップ2:「認知度」と「独自性」で測る
ロマニウク教授は、DBAを「認知度(Fame)」と「独自性(Uniqueness)」という2つの指標で評価します。測定方法はシンプルです。ブランド名を伏せて資産だけを見せ、こう尋ねます。 「これは、どのブランドだと思いますか?」 この回答から、2つの数値が得られます。
- 認知度(Fame):
その資産を自社ブランドと結びつけられた人が、どれだけいるか - 独自性(Uniqueness):
自社「だけ」を思い出したか。それとも競合の名前も挙がったか
この2軸でマッピングすると、それぞれの資産の扱い方が決まります。

両方が高い資産は、主役として使い倒す。独自性だけが高い資産は、露出を増やして育てる。認知度だけが高い資産は、競合の想起まで助けてしまうため単独では使わない。感覚や好みではなく、スコアで判断する。これがEBM流です。
ステップ3:絞って、変えずに、使い続ける
測定で「使える資産」が特定できたら、あとの原則は一つです。選んだ資産を、あらゆる接点で、長期にわたって一貫して使い続ける。 記憶は、反復によってしか蓄積されないからです。 そして、この運用の最大の敵は、実は社内にいます。「そろそろデザインを刷新したい」という飽きです。
象徴的な出来事は、米トロピカーナは長年使ってきた「ストローの刺さったオレンジ」のパッケージを廃止し、モダンなデザインへと刷新したケースです。売上は約2割減少し、わずか1ヶ月あまりで旧パッケージに戻すことになります。なぜか?顧客は新デザインを「嫌った」のではありません。売り場で見つけられなかったのです。

冒頭で、ブランドは「記憶資産」だと述べました。資産である以上、原則は貯めていくことです。BtoB企業にも顧客との接点は、展示会ブース、営業資料、提案書、製品筐体、技術資料、UI、Webサイト、動画など、数多く存在します。重要なのは、「あの会社だ」と識別される一貫した手がかりを貯めていくことです。顧客に深く愛されることも大切ですが、まず思い出されること。その「思い出す」手がかりがDBAです。その記憶資産を継続的に測定・改善し、ブランド戦略と結び付けながら育てていくことがブランド運用のキモとなります。
出典)
『ブランディングの科学』バイロン・シャープ著、朝日新聞出版(2018年)
『ブランディングの科学2』バイロン・シャープ/ジェニー・ロマニウク著、朝日新聞出版(2020年)